デジタル敗戦の赤字は原油輸入額を超えるという試算 「”2025年の崖"の次」は?

経済記者シニアの会に掲載したコラムです

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 掲載した図は過日、経済産業省で入手したものです。2018年9月に公表され、大きな話題を集めた「DXレポート〜ITシステム“2025年の崖”克服とDXの本格的な展開〜」の次を探るための基礎資料の一つです。

 「デジタルインフラの自立性喪失」、「コンピュータサービスの国際収支と国内パブリッククラウド市場の比較」というタイトルのそれぞれを説明する紙幅がないので略しますが、クラウド市場の国際収支を試算したら2030年に約8兆円の入超(つまり赤字)になるというのです。

 8兆円というのがどれほどのものかというと、2021年度の原油輸入額:約8兆円(7兆9190億円)を上回る、というのが経産省の指摘です。近いところでは通販の売上高が8.2兆円、住宅リフォームが6.6兆円、衣料品が8.6兆円などとなっています。ざっくり言うと、産業一つが消滅し、30万人超の雇用が失われるわけで、マイナスの波及効果は計り知れません。

ますます高まる「情断」「情絶」の危険性


 経産省資料のタイトルにある「パブリッククラウド」はITベンダーが提供する個々のクラウド型サービス(プライベートクラウド)を束ねるインフラ型サービスのこと。普段の暮らしは私道や市町村道、さらに遠くに行くには自動車専用道路や鉄道を使うということを考えてみてください。自動車専用道路や鉄道に相当するのがパブリッククラウドです。

 政府機関や地方公共団体が2025年度から利用するパブリッククラウド(ガバメントクラウド)にGCPGoogle Cloud Platform:Google)、AWSAmazon Web Service:Amazon)、Azure(Microsoft)、OCI(Oracle Cloud Infrastructure:Oracle)が採用されたのは記憶に新しいところです。国内通信サービスの代表格NTTグループも携帯サービスのKDDI、総合ITベンダーの富士通ジャパン、NECなども、国が定めた選定基準を満たすことができませんでした。

 額面通りだと、2025年度以後、この国の住民、教育、文化、医療、産業、資源、防衛etcにかかる情報が、すべてUSA系企業のサービスでやり取りされるようになるわけです。日米同盟があるからといって、それって安全保障じゃないよね、という議論があるのは当然でしょう。

 コロナ下の半導体不足+台湾リスクへの備えで、台湾TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company:台湾積体電路製造)社の工場を熊本に誘致したのは周知の通りです。またgoogle社は日本国内に1000億円を投入してクラウドサービス拠点を建設すると約束しました。

 これにより次世代半導体は日本の国内で生産されますし、USA系クラウド・ベンダーが日本国内のデータセンターでサービスを提供することになります。情報流出という当座のリスクは回避できるように見えますが、それはあくまでも建前上のことであって、かつ「情断」「情絶」(生産やサービスに必要な技術情報の断絶)が起こる可能性は捨てきれません。インバウンド頼みの観光産業、外国人頼みの下請け雇用構造と同じです。

第4の資源がすべて輸入頼みという現実


 振り返ると、パソコンのOSに始まって、日本語ワープロ表計算ソフトなどビジネスツール、DBMS(Database Management System)、ERP(Enterprise Resource Planning)、ブラウザ、クラウド、そして最近は生成AI/対話型AIと、すべてが輸入頼みなのが現実です。日本の民族資本系企業が沈黙したままなのは、残念というか情けないというか悔しいというか……なのですが、現実は受け入れなければなりません。

 金子勇氏(1970〜2013)が開発したP2Pの大容量ファイル転送・共有ソフト「Winny」を国をあげて潰したのが2004年、良きにつけ悪しきにつけ堀江貴文氏(ライブドア)を槍玉にして溜飲を下げたのは2006年でした。これが、この国のデジタル敗戦を決定づけたように思えます。

 AIの規制と利用について、日本でも議論が始まりました。国会の質疑応答に対話型AIを活用して霞ヶ関官僚の負担を軽減するという案があるようですが、ちょっと待った、それは国会議員の仕事じゃないか? という議論にならないのはちょっと不思議です。国産AIをなんとかしないと、という声が小さいのも気になります。

2030年に待ち受けるのは断崖絶壁


 それはそれとして、積極的に利用しないと世界から取り残されるという推進派、情報流出や誤情報の拡散を懸念する慎重派が存在するのは、何事につけ適用される2:6:2の法則を思い出します。多数派である「6」がバランスよく使いこなす事が出来たので、この国は2005年まで世界をリードする立ち位置にとどまっていました。

 ですが今はどうでしょうか。つい最近発生したマイナンバーカードにかかわるトラブルを見ると、システム設計の基礎の一つ(つまり当たり前すぎるほど当たり前の)データベースへのアクセス制御がきちんと設定できていなかったのではないか、と疑われます。システム工学を実践してきたベテランのエンジニアは、「そんなことすらできないITベンダーに丸投げしている日本のデジタル化って、どうなんだろう」と首を傾げます。

 ITの世界に「銀の弾丸」はありません。無念・残念の思いや気力・士気を表に出さず、平目の迎合・同調・忖度で責任を回避し続けるには、現状「ガラパゴスの平和」は最適な環境です。アナログをデジタルに転換する受け身で“2025年の崖”は回避できたとしても、さて「その次」はあるでしょうか。USA準州への道かもしれません。