Trusted Web協議会の先生たちが触れなかったこと ウクライナの目玉焼きと正倉院戸籍(3)

ビジネス取引の9割はアナログという現実 

 さて、本稿の主題はこれから先です。Trusted Web協議会の先生方が気づいているのに会合で言及していない「隠された命題」がある、という話です。いや、それは先生方ないし事務局(内閣官房デジタル市場競争本部)が意図的に隠しているということではありません。

 その第1は、「確かさ」ないし「確からしさ」が求められる情報(データ)はどこから来ているか、ということです。初源の情報(データ)が間違っていたら、信頼も安心もありません。誰がどのように情報(データ)を設計し、どのようなプロセスで入手し、どのような手段でインプットしたのかが透明性を持って説明可能・検証可能でなければ、Trusted Webは根っこからひっくり返ってしまいます。

 もう一つは、情報(データ)は記録と伝達が基本だということです。

 記録は蓄積され、それが伝達されて加工されます。原始データ、2次データ、3次データという具合です。Trusted Webは情報(データ)の伝達と加工に照準を当てています。伝達と加工のプロセスが安全・安心・信頼を確保しているかが要点なので、原始データの信頼性は「トラスト・アンカー」と個人認証に任せているように思えます。

 それはそれとして、先ほどの図4に掲げた3つの円(ウクライナの目玉焼き)を別の視点で編集したのが図6です。ウクライナの目玉焼きはデジタルの世界における検証可能域を描いていましたが、アナログ世界との関係がスッポリと抜け落ちていることに、協議会の先生方は分かっていながら無意識に触れていません。

 現実の社会・経済に占めるデジタルのウエイトを割り出すのはなかなか難しいのですが、参考になるのはビジネス取引きにおけるEC(Electric Commerce:電子商取引)の扱い額です。経済産業省の統計によると、法人間のB-B、一般消費者(個人や家庭)向けのB-B-C(いわゆるネット通販)の2020年度取扱額は12兆2,333億円で、ビジネス取引き全体の8.8%だったそうです。

 それから2年経っていますので、現在は全体の1割がECとすると、9割はアナログ、つまり電話やFAXによる伝票・書類のやりとりで成り立っていることになってきます。ウクライナの目玉焼きがニワトリの玉子だとしたら、その外枠にダチョウの玉子が控えている、というわけです。

図6 デジタルとアナログの共存

ウクライナの目玉焼き もう一つの解釈

 ウクライナの目玉焼きとダチョウの玉子の関係は、デジタル世界とアナログ世界の関係に置き換えることが可能です。現在はアナログの世界の一部にデジタルの世界が入り込んでいる。取引額の1割とはいえ、アナログの世界でもメールやSNSのウエイトは増しているので、重なりはもうちょっと大きいでしょう。

 ここで思い出すのは、情報(データ)について「Verifiable」「Trust」のほかに、もう1つ、「Cleen」という概念があることです。別の言い方をすると、データに求められる「確からしさ」には「Verifiable」「Cleen」「Trust」の3種類ある、ということになります。

 「Verifiable」は検証可能性で、世の中に流れている一過性のコンテンツ、それを裏付ける情報がどのようなデータに基づいているか、つまり事実関係の確認です。「Trust」は公共・インフラを担うデータのことで、客観的に真一性が担保される必要があります。

 それに対して「Cleen」は取引きやガバナンスにかかるビジネスのデータで、正確さ、つまり精度の高さが求められます。この精度の高低がビッグデータ/データサイエンスの有用性を左右します。多くのコンテンツは消費されるのでデータの作成にかかる費用はコストですが、Cleenデータ、Trustデータは資産として蓄積されるので投資と考えなければいけません(図7)。

図7 データに求められる3種類の「確からしさ」

 さらにそこにCPS/デジタルツインが重なってきます。

 センサーがモノや人を感知してモーターにスイッチを入れるというのがIoTの初源的な事例です。IoTはデジタルがリアルなモノを動かして、コト(事象)を生み出します。まさにサイバー/フィジカル・システム(CPS)です。

 CPSが広がると、リアルとデジタル、サイバーとフィジカルが同期するデジタル・ツインが形成されて行きます。最近のバズワードでは「メタバース」ということになるでしょう。

 このとき、情報(データ)の「確からしさ」は何によって裏付けられるか、ということです。トラスト・アンカーによるVC、当該主体によるDICは、あくまでもデジタル世界での話でしかありません。電源が喪失されたとき、記憶媒体が壊れたり経年劣化で不具合になったとき、ネットワークが停止したとき、大規模な災害でサーバーやストレージが消失したとき、わたしたちは何を以って自己証明とするのでしょうか。

 そのように考えると、思い出すのは正倉院です。そこには文武天皇の大宝二年(702)に作成された「御野國加毛郡半布里戸籍」が当時のままの姿で残っています。「半布里」は「はにゅうり」と読み、現在の岐阜県加茂郡富加町羽生にあった農郷の住人や暮らしぶりを読み取ることができます。

 ひるがえって現代に目を移すと、デジタルワールドが想定外の機能不全に陥ったとき、失われてはならない情報(データ)とは何かを考えなければなりません。要不要の議論は別の機会に譲るとして、戸籍、住民基本台帳、土地台帳、納税記録など行政関連情報を筆頭に、金融口座残高、医療情報、地下埋設物、原子力、危険物……etcなど、紙の台帳が原本であるべき情報が思い当たります。

 デジタル・ツインの世界にあって、紙の台帳は一見すると無用の長物、過去の遺物ですが、初源に遡上するためには欠かすことができません。つまり失われてはならない情報(データ)はアナログで、しかし実務のためにはデジタルでという変幻自在な往復が可能な機能の社会実装が求められます。Trusted Web構想は、アナログ/デジタルの双方向な検証可能性を追求し実現する壮大な試みと言うことができるようです。

 

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