内閣官房デジタル市場競争本部 記者レクの要約
――IT記者会向けにオンライン・ブリーフィングを開きたいと言っている。誰とコンタクトを取ればいいのか、教えてほしい。
というメールが届いたのは3月30日だった。
内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室の中に、「そういえばIT専門記者の集まりが……」と思い出した人がいたらしい。
否やもなく段取りを整えたのが、4月1日午前11時から1時間強、《Trusted Web推進協議会「ホワイトペーパーver1.0」の公表について》と題したオンライン記者レクになったわけだった。
「ホワイトペーパーについての記者レクは、公表した翌日、3月13日に実施したのですが、解りにくいという声もありまして……。そうしたご意見を反映して一部をマイナーチェンジしたものですから改めて、ということで」
レクチャーを担当した内閣官房IT総合戦略室デジタル市場競争本部事務局の佐野究一郎参事官は言う。当初は年度末(3月31日)の腹づもりだったらしいが、時間の関係で年度始め(4月1日)にズレ込んだ。
当初は録音を文字起こしする「再録」の予定だったが、ホワイトペーパーを要約して転載する方がいいと考えた。
トピックは3つだが今はまだ画餅の段階
そこで入手できたトピックを記事風に書くと、次の3つになる。
《その1》 Trusted Web推進協議会(座長:村井純・慶大教授、略称=TWPC)は、日本政府が2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で提唱した「Data Free Flow with Trust(DFFT)」(信頼ある自由なデータ流通)のための「Trusted Webホワイトペーパーver1.0」をまとめた。インターネットとWebを介して収集・提供されるデータの信頼性を高めるとともに、個人情報の保護と管理および、プライバシーと公益の適正なバランスを担保するのがねらい。
《その2》 4月6・7の両日、東京およびオンラインで開かれた世界経済フォーラムの第1回グローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミット(GTGS)で、日本政府はインターネットにおける「Data Free Flow with Trust(DFFT)」(信頼ある自由なデータ流通)のための「Trusted Web」と「Trustedモデル」を公表した。DFFTは2019年1月のダボス会議で日本政府が提唱したもので、今後はその具体化に向けて世界各国の連携と協調が焦点になりそうだ。
《その3》 内閣官房IT総合戦略本部のデジタル市場競争本部は、インターネットとWebで収集・提供されるデータの信頼性や真一性を評価・担保する第三者機関「トラストアンカー」(仮称)について、近い将来、制度化することになるとの見通しを明らかにした。まずは公的な資格認証・登録機関が対象となるが、詳細は未定。
最後の記事(その3)から分かるように、「Trusted Web」「Trustedモデル」「トラストアンカー」はすべてコンセプトの段階だ。インターネットとWebの世界はグローバルに展開しているので、「Trusted Web」の実現にはグルーバルな合意が必須となる。
米国はバイデン政権下でGAFA規制、EUはcookie規制を強化する方向だが、その一方で域内データの囲い込みに乗り出す構えもチラつかせている。それに対して日本はデータの信頼とオープンな流通を重視する。その観点からインターネットとWebのルール作りを提唱するのは、一定の意味があるに違いない。
トピックは3つだがいずれも画餅の段階
繰り返しになるが、3月13日に一般紙向けレクチャーが行われている。しかもTrusted Web推進協議会のGitHubには記事録も資料も公開されている。つまり報道メディアからすると新規性はほとんどない。
とはいえ、多くの人に「Trusted Web」が周知されているとは思われない。少なからずが「それってなに?」ではあるまいか。であれば、オンライン記者レクの要点を採録する意味があるだろう。
以下、プレゼン資料を補足するかたちでレクチャーの要点をまとめておく。
▶︎ホワイトペーパーver1.0全文:Documents/Trusted_Web_ホワイトペーパー(案)_v1.0.md at master · TrustedWebPromotionCouncil/Documents · GitHub
Trusted Web ホワイトペーパーver1.0 概要①
「デジタル市場競争に係る中期展望レポート」は内閣官房デジタル市場競争会議が2020年6月にとりまとめたもの。サイバーとフィジカルが高度に融合するSociety5.0におけるデジタル市場の在り方について、中長期的な観点から検討した。
デジタル市場の目指すべき姿として、「一握りの巨大企業への依存」でも「監視社会」でもない第3の道として、①多様な主体による競争、②信頼(トラスト)の基盤となる「データ・ガバナンス」、③「トラスト」をベースとしたデジタル市場——の実現を目指すという提言が行われた。
現行のインターネット上での通信の多くは、集中型のアーキテクチャーをベースとしており、データの受渡しのプロトコルは決められているものの、
■ そのデータは本来誰が・どこまでコントロールすべきものか
■ どのようなデータに対して、誰が・どのような条件でアクセスできるのか
■ 誰がデータの内容に介入できるのか
■ データのアクセスや移転の履歴がどうなっているか
——などを把握したり、検証したりするメカニズムが存在していない。
直面している課題とその原因
主なものとして、以下のようなものが挙げられる。
① 流れるデータに対する懸念
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個人をはじめ、様々な主体が広く世界に情報発信し、コミュニケーションをとることが可能になった一方で、fake newsやエコーチェンバー効果などにより言論空間に歪みが生じる問題が顕在化している。データを受け取る側にとっては、目に触れるデータがバイアスのかかった形で恣意的に選別されて提示されるなど、判断がコントロールされかねない状況にある。そのことが社会に混乱や分断を生み、さらには民主主義基盤を揺るがすインパクトにまでなってきている。
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また、そうした問題への対応について、プラットフォーム事業者が担うのか、国家の関与がどうあるべきかなど、その対応の在り方について、答えが見いだされていない状況にある。
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今後、サイバーとフィジカルとの融合が様々な分野で進展していく中で、都市交通などの社会システムやヘルスケアなどを含む機器制御等において、身体・財産、社会全体が虚偽のデータによってフィジカルにも不当に誘導され、社会が混乱するなどの思いがけない悪影響を受けることも懸念される。
② プライバシーに対する懸念
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ユーザーから収集されたデータは、事業者において集約・統合され、かつ、その処理がブラックボックス化することによって、そのデータの利用を通じて、深刻なプライバシー上の懸念を生んでいる。特に、プラットフォーム事業者等により、個人にほぼ固定的に付与される識別子(Identifier)で名寄せされ、様々なデータが統合されるが、ユーザー側としては、決して実効的とはいえない同意以外に、これに対する対抗手段を持てていない状況にある。
今後、バイタル・データの活用拡大などが進むことが想定される中で、ユーザーが意識する前の段階ですらリコメンドが行われるなど、人々の判断自体が左右される状況となり、プライバシー問題が更に先鋭化する懸念もある。
③ プライバシー保護と公益とのバランス
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COVID-19の患者の発生状況や行動履歴の活用などにおいて、プライバシー保護と全体の公益確保(感染防止)のバランスが国際的に議論されてきている。
全体の公益確保を重視しすぎると国家監視の懸念に転嫁しかねないが、こうした議論がより円滑に行われていくためには、データのやり取りにおける合意形成プロセスの中で公益目的が具体的に織り込まれ明確な合意が十分になされているかや、その後、利用目的どおりに利用されたかについての検証が担保されているかといった観点などが重要となってくると考えられる。
④ サイロ化した産業データが活用しきれない
- サプライチェーン等でサイロ化された産業データを関係者間で共有し、新たな価値を生む取組はこれまで十分に成功していない。その背景には、コストの問題やビジネスモデルの問題など様々なものが考えられるが、そのベースとして、自らのデータへのアクセスをどこまでコントロールできるか、共有するプレイヤーのデータの取扱いをどこまで信頼できるのかといった問題も懸念の一つとして考えられる。
サステナビリティへの懸念
⑤ 勝者総取りなどによるエコシステムの-
デジタル・ビジネスにおいては、強い顧客接点を持つことにより、ネットワーク効果でユーザーをロックインし、顧客接点を活かしてデータを収集してAI等で分析し、顧客に新たな価値を提供するモデルが力を持つことになる。この際、強力なネットワーク効果から、勝者総取りになる傾向が強く、その結果、多様なイノベーションが妨げられる懸念がある。
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さらには、そうした勝者となった少数の巨大なプラットフォーム事業者が、人々の生活や企業の経済活動のインフラとなるに従い、民主主義等のプロセスを経ていない巨大プラットフォーム事業者の判断が、社会や経済のありように大きな影響を及ぼすまでに至ってきている。
社会システム的には、いわゆる単一障害点となり、脆弱かつ深刻なダメージを与えるポイントになり得、サステナビリティの観点から懸念がある。最近のあるプラットフォーム事業者のシステム障害は、世界中で大規模な混乱が起こるリスクを想起させた。
⑥ ガバナンスの機能不全
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社会全体のデジタル化が進む一方で、デジタルでの意思決定のプロセスがプログラムのコード上で自動処理され、かつ、それがAI等の活用とあいまってブラックボックスとなってしまっている結果、それが当事者の意思決定を正しく反映したものなのかも含め、どのようなプロセスやルールにより処理が行われたのか外部から検証することが困難となっている。このため、政府による法制度の執行やステークホルダーによる監査など、社会システム全体を機能させるためのガバナンスを効かせることが困難になってきている。
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また、デジタル上のコミュニケーションは人々の生活に大きなメリットをもたらす一方で、集団行動による誹謗中傷など、フィジカルの領域では想定しなかったような動きにつながる事象も生じており、これまでの規律のあり方が機能しないケースも出てきている。
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