コロナ禍で注目のWeb不動産賃貸仲介システム テック企業に見る「DX」の作り方(下)

付随する業務をリバンドリングする

 法制度の観点で不動産賃貸契約における押印の省略、重要事項説明の電子化、さらに契約そのもの電子化に目処がついた。仲介業・借り手双方の課題も見えたとなれば、一気にシステム化し競争優位を確立しよう、と提案したくなるところだ。しかし同社はそれをしなかった。ターゲットにしている賃貸仲介業のITリテラシー状況を考えると、一気のIT化は受容されないだろう、という判断があったのに違いない。

 これに関連して、野口氏は「デジタル化の4フェーズ」を指摘する。

 【1】ツールのデジタル化

 【2】業務のデジタル化

 【3】業務の自動化

 【4】体験の高度化

 ――の4つのステップだ=図5=。

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図5 デジタルの4フェーズ

As-Isから「DX」を作る

 さて、これからが《「DX」の作り方》の本論である。

 先に筆者は「As-Is/To-Beはもはや限界」という記事を書いた(初出はIT Leaders:2020年10月30日)。

itkisyakaiessay.hatenablog.jp

 なぜ限界かというと、As/Isの分析から導かれるTo-Beは改善にとどまるためだ。だからこそ「デジタルアーキテクチャ」が必要とされるのだが、産業界全体が一気にDXに飛躍できるとは思われない。現実的な解として、ないし過渡的な段階として、カギカッコ付き「DX」の2段階——第1段階:Digital Experience(デジタル体験)、第2段階:Digital Exchange(デジタル改革——のアプローチを考える必要があるだろう。

 その意味でイタンジのプロダクト(サービス)は、カギカッコ付き「DX」を実現するといっていい。電話とFAXで連絡や打ち合わせをし、紙の文書とハンコで契約を結んでいる現状からすれば、「OHEYAGO」とはいわず内見予約や電子契約といった構成機能の1つを利用するだけで大幅な効率化が実現する。

 30年前なら、手書き台帳と電卓をパソコンとLAN(Local Area Network)に置き換える「OA」(Office Automation)と呼ばれたに違いない。対して現今のデジタル化は、インターネットで多面的・多角的にリンクを張ることができる。デジタル・リバンドリングがビジネスプロセスを変革し、好むと好まざるにかかわらずビジネスモデルの転換を促していく。そこが決定的に違う。

 野口氏の話を整理すると、イタンジが行ったのは

 ①不動産賃貸のAs-Is分析

  ・業務プロセス

  ・業務ごとのデータの動き

 ②真の顧客=借り手のAs-Is分析

  ・ITリテラシー(デジタル利活用状況)

  ・意識の変化

 ③業務機能のモジュール化(プロダクト化)

 ④機能モジュールのサービス化

 ⑤機能モジュールを統合したトータルシステム

 ――という作業である。

 それを実施するために、同社はエンジニアが不動産仲介実務を体験した。盛りだくさんな機能がシステムを使いにくくすることを体験で知ったエンジニアは、個々の機能モジュールを連携させる手法を考案した。そうすることで個々の機能を拡張しても、他のモジュールに大きな影響を及ぼさない。

「受託」一本足打法から脱皮するヒント

  経済産業省が2月4日にスタートさせた「デジタル産業の創出に向けた研究会」は、受託型IT産業の質的転換を図るのがねらいだ。特定顧客の注文に応じてシステムを構築するだけでは下請け的立ち位置に終始する。加えて同類同質の事業者がIT人材の調達・供給だけを目的に連鎖する多重下請け構造が避けて通れない。

 そこで顧客企業のカギカッコ付き「DX」パートナーとして、ITサービスないしシステム設計・開発プロセスを質的に高めていく方策が求められるのだが、イタンジのような「テック企業」のアプローチがヒントになるのではなかろうか。

 どういうアプローチかというと、

1.顧客管理や財務会計、在庫管理などバックヤード系システムには手を付けず、顧客(市場)との接点であるフロント系システムをデジタル化する。

2.フロント系業務を業務手続きとデータの動きを、発注者の先にいるステークホルダーごとに分析し、それを機能モジュールとしてプロダクト化する。

 ――というものだ。

 さらにその実践として

1.現行の業務フローを変更するのはたいへんなので、Webアプリケーションとスマホタブレットに置き換えていく方法を探る(できるところからデジタル化していく)。

2.旧来のアナログ型業務フローを否定せず、デジタルと組み合わせる。

3.付随する業務をデジタルでリバンドリングする。

 不動産賃貸業でいえば、電気・ガス・電話・WiFiなどライフラインの取次ぎや引っ越しのサポート、行政手続きも代行、家具。家電機器の買い替えなど。

 ――ということになる。

 他の事例を挙げれば、福岡市のクリーニング会社は、夜勤の独身者のニーズを分析してウーバー型宅配クリーニングサービスを発案し、システム開発を請け負ったソフト会社は、エンジニアがクリーニングの実務を1か月体験することでサービス型システムを構築することができた。結果として受託ソフト開発業からSaaSASPベンダーに転身し、ビジネスモデルのフランチャイズ展開に結びついている。

 業務プロセスのAs-Is分析で終わらず、ステークホルダーのニーズやITリテラシーを取り込んで機能をモジュール化していく。できるところからデジタル化し、関連サービスと連動させる。受託型IT業が「受託」の1本足打法から抜け出し、「テック企業」ひいては「デジタル産業」に転身する手法かもしれない。