今回の給付金申請における制度設計の問題
マイナンバーカードと電子証明書の有効期間が違っていることは、あまり知られていないのではなかろうか。カードは10年だが、電子証明書は設定から5回目の誕生日までだ(表1)。そのため、すでにマイナンバーカードを作成している国民の中には、電子証明書の更新が今の時期に重なっている人も多い。
その電子証明書の更新は原則、オンラインでは行えない。市区町村の役所の窓口に出向いて、担当職員との対面型で手続きを行う必要がある。先に説明した2種類の暗証番号を忘れてしまっている人も多く、再設定などで余計に時間を取っている。そのため窓口の待合スペースには多くの人が溢れていた。「3密」(密閉空間、密集場所、密接場面)を回避するためのオンライン手続きのために、3密が発生する本末転倒の皮肉な結果となった。
もう1つ、今回のマイナポータル経由のオンライン申請には重大な欠陥がある。いや、それはシステムないし技術的な問題ではなく、制度設計の問題だ。「マイナンバーカードを持っている人ならだれでも」になっていないのだ。
給付金を申請できるのは「世帯主」に限られる。同居家族を代表して「世帯主」が申請し、人数×10万円を「世帯主」の預貯金口座で受け取って同居家族に分配するという設定になっている。
申請者が「世帯主」なのか?「家族」は同居家族か?
総務省によると、2020年4月1日現在のカード交付枚数は2033万枚余、全人口に対する普及率は単純計算で16%だ。ただし紛失・破損、内蔵ICの不具合などによる再発行を含んでいるので、実質普及率は15%台に下がる(表2)。では、そのうち「世帯主」は何割だろうか。
総務省の官僚は、仮にその3割が世帯主だとしたら、約700万件の申請で2000万人以上に給付金を支給できる、と考えたのに違いない。一括で支給したあと、各人に10万円がわたるかどうかまでは考えていない、ということだ。変更前の条件付き30万円の支給だったら、どれほどの混乱が起こっていたか、想像するだに恐ろしい。
特別定額給付金の申請にオンライン手続きを採用したことによって、マイナポータルが周知され、新規のマイナンバーカード交付申請が急増した。「マイナンバーカード保持を義務付けるべき」「マイナンバーと預貯金口座がひも付いていれば簡単だった」という声も上がっている。なるほど、マイナンバーカード普及策としては一定の効果があったと言ってよい。
しかし拙速な制度設計は裏目裏目の連鎖を生み、市区町村職員から怨嗟に近い悲鳴が上がっている。「実務の現場をまったく理解していない」「机上の空論で現場を振り回すのはいい加減にしてほしい」等々だ。
オンラインで申請してきた人が「世帯主」かどうか、並記されている「家族」が本当に同居家族かどうか、住民基本台帳と照合(行政用語では「突合」)しなければならないのだ。入力ミスばかりでなく、遠方に居住する祖父母の名前が並記されているケースもあるという。
「始める前に我々に聞いてくれたら……」という市区町村職員の嘆き
マイナンバーは住民登録している個人に付番されている特有の番号であって、リンクしているのは氏名、住所、生年月日、性別の基本4情報だ。住民基本台帳のシステムと連携していない。マイナンバーは住民基本台帳に登録されている個人に割り振られているが、システム間連携は禁じられている。
仮に連携していたとしても、世帯主であるかどうか、妻か夫か長子か次子か等々「続柄」は対象外だ。つまり「世帯主」という概念は、マイナンバー制度は想定していない。国が想定外の設定を給付金申請・支給手続きに持ち込んだために、市区町村の職員は“不毛”な事務に追い回されているというわけだ。
話はこれで終わらない。オンライン申請は「訂正」が何度でもできるため、同じ人がメールアドレスを変えて15回も送信してきた、という事例も耳にした。その原因は「受信しました」という確認のメールが自動的に返信されないことだ。
これはe-Tax(国税電子申告・納税システム)でも同様で、送信者は「本当に届いているのか?」と不安になってしまう。大切な手続きになればなるほど、利用者は不安になる。それで同じ内容で再送すると、システムは「修正」と理解して受信するので、職員は目視でどこが違っているのかを確認しなければならない。
受信したことを知らせる自動返信機能とともに、マイナポータルに必要なのは「修正」機能だ。通販サイトのように、受信確認メールに送信データが添付されていれば、送信者も送信データを確認でき、一定時間以内なら修正を可能にすることができるだろう。
オンライン申請がひと段落したころ、今度は郵送で大量の申請書が届く。申請書には住民基本台帳を元にした同居家族名が一覧で印字されているので、預貯金口座の番号(数字)をOCRで読ませればいい。それこそRPAの出番だ。
しかし、オンライン申請で処理済みの申請を消し込みは市区町村職員の手作業ということになるだろう。「スタートする前に私たちの声を聞いてくれていたら」という市区町村職員の嘆きが聞こえてくる。
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