経済産業省のIT政策は、昨年6月の組織再編を契機に、第4次産業革命に向けて舵を切ったと言われる。IoT投資税制や特区型サンドボックス制度(自動運転やドローンなどの実用化実験について特定地区で規制を緩和する制度)などがスタートしているが、産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)化を推進するにはシステム間連携が欠かせない。その視点で取材を重ねると、既存システムのレガシー度評価(見える化)やレガシー改革準備金制度(仮称)などを検討していることが見えてきた。筆者の推測・類推を交えつつレポートする。
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経済産業省がIT政策の軸足を、情報産業の育成・振興から第4次産業革命に移したのは昨年6月。情報処理振興課と情報通信機器課を廃止して情報技術利用促進課と情報産業課を新設したほか、プラント保安管理のIoT(Internet of Things)化、総務省と共管の「IoT推進コンソーシアム」、IoT投資税制、特区型サンドボックス制度と、関連施策を矢継ぎ早に打ち出している。
こうした施策はアドバルーン的な色合いが強く、むろんそれなりの効果が期待できるとしても、根本的な課題は残ったままだ。第4次産業革命が「デジタルトランスフォーメーション(DX)」かどうかは議論のあるところだが、IoT/AI/ビッグデータ/RPAといった次世代技術が真価を発揮するには、異種システム間連携(SoS:System of Systems)を避けて通ることはできない。システム間の接木問題を残しては、DXは絵に描いた餅になってしまう。
では経産省はどのような手を打つつもりなのか。
取材を重ねる中で、この5月、商務情報政策局(商情局)に設置された「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会(DX研究会)」が具体策を検討する場となる(らしい)ことが判ってきた。産学官の忌憚のない意見を交換して課題を洗い出し、早ければ今年秋にも具体策をまとめるという。
関係者は「場合によっては、現行法の改正にも着手する」ともいう。「早ければ今年秋」というのは、政府が秋の臨時国会に提出することを予定している「デジタルファースト法案(仮称)」と歩調を合わせるねらいがあるのだろう。
施策の柱は「データの利活用」
筆者が入手した資料は「IT施策の項目」と題したA4のペラ1枚だ=上図=。読み解くまでもなく、「データ利活用/デジタルトランスフォーメーション(DX)」が施策の柱で、これを「基盤整備」(研究開発/人材育成/サイバーセキュリティ)、「さらなる発展」(国際/ベンチャー/起業家支援/地域・中小企業対策)が支えるかたちだ。
「データの利活用/デジタルトランスフォーメーション(DX)」のうち、最初の「政府部門」については、新設の「DXオフィス」が具体化を担う。2020年度の本稼働を目標に構築する「法人共通認証基盤」では、法人が行政手続きや助成制度を申請するとき、事業者名、代表者名、住所、電話番号などを1度登録すれば、2度目以後は再入力せずに済む。また各種の手続きについて、1つのサイトで最後まで完了するようになる。
経産省が発行した「法人番号」と税務申告の法人マイナンバーをヒモづけて二度手間、たらい回しを解消するのだが、経産省独自の法人番号を発行するのは、法人マイナンバーが任意団体やテーマごとの研究組合、コンソーシアムなどをカバーしていないためだ。
情政局は「DXオフィス」に、「プロダクト・マネージャー」として民間から数人のエンジニアを採用し、アジャイル方式でシステムを独自に開発する。自らアジャイルを実践することで、ユーザーやITベンダーに波及させることもねらっている。
「民間部門」の第1項目「データの利活用・共有等を進めるための支援措置」のうち、「税制」はIoT投資税制、「実証実験、ベンチャー支援」は特区型サンドボックス制度だ。先に「生産性向上特別措置法」「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」の一部改正が閣議決定され、法的な裏付けができた。この法律に基づいて、これからも多彩な施策が投入されると考えていい。
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「DX研究会」を中心に議論し秋までに指針
第2項目「『レガシーシステム』改革(システムの「レガシー度」の見える化)」が「DX研究会」のテーマであるらしい。「らしい」というのは研究会が非公開で行われているためだが、関係者の話を総合すると、次のようなことが俎上に上がっているという。
(1)「レガシーシステム」改革は、脱メインフレームやクラウドの導入が最終ゴールでなく、データ構造やAPI(Application Program Interface)、システム運用・保守に関する契約などの視点で評価する必要がある。
(2)「レガシー度」を評価するチェックリストを策定する必要がある。準公的な技術機関が策定したチェックリストをもとにユーザーが自主的に評価し、改革に着手する要件を整える。
(3)専任のIT部門がある企業には、レガシー改革とDX推進を担当する責任者を置くよう推奨する。併せてレガシー改革のアドバイザー制度も検討する。
(4)エネルギー、交通・航空、運輸、通信などインフラ系企業については、ある程度の義務化もやむを得ないのではないか。
(5)中堅・中小企業のレガシー改革とDX推進を担う専門のコーディネーターを認定するのはどうか。
(6)レガシー改革が必要と分かっていてもなかなか進まないのは、予算措置が単年度であることが要因の一つ。そこで準備金積立制度などはどうか。
一概に「レガシー」とは断定できないが、老朽システムを保有している企業は約8割(「一部に残存」を含む)とされる。基幹系システムの平均寿命は14年から15年といわれるので、Y2K(西暦2000年)問題をクリアした後、「インターネットの利活用」を前提にリニューアルされたシステムが大半というわけだ。
「レガシー改革」と聞くと、COBOLに代表される20世紀型プログラム資産(負債?)の扱いを含めたレガシーマイグレーションを思い浮かべる人が少なくないだろう。しかしメーカーディペンドのシステムからオープンシステムへ、さらにクラウドの利活用へ、という道筋は「いまさら」といっていい。
データ構造やAPIに着目するのは、オープンデータの利活用や「デジタルファースト」を念頭に置いているということなのだろう。実際、データの書式(姓と名の間にスペースを入れるか入れないか、年次は和暦か西暦かetc)やコードの体系が違えばデータの相互運用性が確保されず、AIもビッグデータも機能しない。
焦点はIPA/SECとITCAの扱い
もう一つ、システム運用・保守の契約に踏み込むのは、ベンダー・ロックインからの開放を意味している。その意味で「クラウドもベンダー・ロックインにつながる可能性がある」と関係者はいう。クラウド・ベンダーやデータセンター事業者がM&Aで経営統合されるような事態が生じたとき、ユーザーのデータが適正に確保され返却されるか、それをどう担保するかだ。
別の関係者は、「通販や検索サービスを通じて膨大なデータを収集したネット・サービス事業者が、その優位性をもって不当な取り引きを強いたり、特定の商品や事業者を不利な状況に追い込んだりする懸念」を指摘する。それも含めて、第3項目「データの安全管理(クラウドの信頼性認証制度など)」、第4項目「プラットフォーマー政策」で検討するようだ。
ただ経産省内で意見は集約されていないようだし、公正取引委員会など関係機関との調整も残っている。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の協議で、日本は「国内データの海外持ち出しを制限する意思はない」と明言している手前、欧州のEU一般データ保護規則 (General Data Protection Regulation:GDPR)のような規制を課すこともできない。
さて、以下は筆者の推定・憶測の域を出ないのだが、(2)で触れた「準公的な技術機間」とはどこかと考えると、有力な候補として浮上するのは情報処理推進機構(IPA)だ。同機構のソフトウェア高信頼化センター(Software Reliability Enhancement Center:SEC)はこれまでも「つながる社会」=SoSにおけるソフトウェアの信頼性・安心・安全をテーマに提言活動を展開している。DXに向けたレガシーシステム改革を担う機関としては申し分ない。
IPAは「情報処理振興事業協会」の当時、ソフトウェア製品の開発・販売を目的に、売上高の一部の非課税で積立て5年後に取り崩すことができる「プログラム準備金」制度を運用した実績がある。仮称「レガシー改革準備金」はハードルがかなり高いのだが、もし実現するとすれば、情報処理促進法の一部改正を経て、IPAの事業に取り込む方策があるかもしれない。
さらに(3)にいうレガシー改革・DX推進担当者については、「チーフ・デジタル・オフィサー」略して「CDO」の仮称を口にする関係者もいる。また、(5)に登場する中小企業向けレガシー改革・DX推進コーディネーターについては、IT業界に精通している人であれば、誰しもITコーディネータ協会(ITCA)を思い浮かべるに違いない。既存のITコーディネーターと別に、仮称「DXコーディネーター」を創設する可能性も捨てきれない。
先を見通せばじれったいかもしれないが、施策が護送船団方式になるのはやむを得ない。さて今年の秋ごろ、どのような結論が出るだろうか。