なにせこの団体が発足する前夜、その「現場」に立ち会っていたものですから。ITに軸足を置いている取材・報道仲間からは、冗談半分に「最後まで見届けるのがアンタのミッション」のようにからかわれることもあります。
ソフトウェア産業振興協会(ソフト協)と日本情報センター協会(センター協)が合併して情報サービス業の統一団体を発足させる(らしい)という情報を掴んだのは、1983年の9月ごろでした。翌84年3月に両協会の複数の幹部から「ほぼ確実」の言質を得て、「関係筋によると……」の記事を編集長に見せたところ、第一声は「まさか」でした。
結果としてその記事は1面トップでなく、「憶測、観測記事」の体に編集されて総合面トップに掲載されました。その後も追跡し続け、両協会が年次総会を控えた6月、「何か動きがあるはず」と構えていた通産省情報処理推進課、その課長席の前にあった応接ソファで、ソフト協とセンター協の幹部と柴崎情振課長が交わした熱弁と怒号を思い出します。
その翌日、「会長未定」のまま、「業界統一団体発足」の記者会見が行われたのでした。東京で記者会見が行われていたまさにそのとき、大阪に住んでいた谷澤一郎氏(日本情報サービス)に会長就任を説得する密使が飛んでいました。そのあたりの裏話は別の機会に。
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「IT予算の8割がシステム維持管理」で沈みゆく日本のITユーザー/IT業界
1人当たり売上高3358万円の怪 統計で見る情報サービス産業(『情報サービス産業白書2019』から)
を書いてかれこれ2か月。
ITのユーザー(発注者)が「予算の8割は現行システムの維持管理」と言っているのに、その仕事を受ける側は「システム開発」と言い換える。ソフトウェア受託開発業は「システム保守業」「プログラム維持管理業」と名乗りを変えるべきではないか。
この業界の「言い換え」は、派遣を「客先常駐」、下請け会社を「パートナー」と翻訳したことに始まる。労働者派遣事業法で二重派遣が禁止されると、「委任」「準委任」「部分委託」「出向」「SES」などと言い換えた。
「ソフトウェア開発やシステム運用の仕事はヒトに技術が帰属しているので、ヒトを派遣しているのでなく技術を提供しているのだ」と筆者は主張している。だが、それは派遣逃れのためではない。技術に応じた対価を請求・支払う環境を整える基本的な考え方であって、最終的には「ITサービス関連業務を派遣法の対象から外せ」という主張につながっていく。
ところが受託ITサービス業は頭数の人月モデルを温存し、多重派遣の実態に目をつむるために、「Software Engineering Service」という造語を使うようになった。それならまだ、ヒトをヒトとして扱っている「口入業」「人月モデル」と言った方がいい。
差し引き2000万円超はどこに消えるのか
決算短信と有価証券報告書をもとに計算すると、就業者1人当たり売上高は1507万円 だ。そのうち30%超が「外注費」として外部のITサービス会社に流れていく。実質は1000万円なので、就業者の平均年収560万円前後という数値とバランスが取れている。
しかし『情報サービス産業白書』を刊行した情報サービス産業協会(JISA)は、「当協会の会員企業は3358万円」と主張する。売上高を単独・個別の正規雇用者数で割った数字ではないか、と疑問を投げかけても、「アンケート結果には自信を持っている」とニベもない。
1人当たり売上高が3358万円ならば年収1000万円超のエンジニアがウジャウジャいておかしくない。しかし実際の平均年収は560万円前後、かつ1人当たりの純利益は10万円に満ちていない。差し引き2000万円超のお金はどこに消えてしまうのか。
かてて加えて「情報サービス産業白書2019「ITエンジニアの働き方改革」アンケートの欺瞞」に書いたように、アンケートの回答数は「働き方改革宣言企業」88社およびJISA理事会社47社(計96社)」に勤務する直接雇用のITエンジニア(無期労働契約締結者)4755人(企業数60社)、有効回答4228人(企業数47社)。1社当たり100人に満たず、JISA会員企業の就業者総数の1.5%にも満ちていない。それをもって「ワクワク感の醸成要素」が判明したと言う。
そもそもITエンジニアの「ワクワク感」とは何なのか、よく分からない。多重下請け構造に踏み込まず、社会変革への意欲やモチベーションを調べもせず、何がエンジニアのワクワク感というのか。
幸か不幸か、筆者は『情報サービス産業白書2019』の概要発表会見に出席していない。というより、記者会見があったのかも知らされていない。ということで、内容にイチャモンをつけることもできなかった。これまでのケースに即せば、会見で記者席から批判的な質問をしても、あからさまにスルーされていただろう。
このトンチンカンをどうしてくれようか、と息んだところで筆者は会員ではない。長年業界を見てきた記者として、数字の根拠を示して異論を唱えても対応は前述の通り。ゴマ目の歯ぎしりに過ぎない。トンチンカンの暴走に「待った!」をかける人は出てきそうにない。
本音は「ぬるま湯に浸かっていた方が楽」なのだ
過日、経産省のIT関連施策担当者と雑談する機会があった。筆者がブログにアップした「ITサービス「受託」の定義が変わる? 非人月モデルが8年連続で営業利益の過半占める」を読んで、意見を交換したい、という。その延長線上に「受託ITサービス業の多重下請け」が話題に上がった際、
筆 者:JISAをなんとかしましょうよ。
担当者:ワクワク感ですか? あれはどうもね。
『情報サービス産業白書』にちゃんと目を通している。
担当者:ま、会長さんが替わったことですから、何か変化が出るかもしれません。
筆 者:売上高100億円級の企業の創業者の言うことを、会員企業がどう受け止めるか、という厳しい指摘もあるようですが。よほど乱暴を働いて、協会の中をゴチャゴチャにしてくれれば別ですが。
担当者:メディア的にはそっちのほうが面白いでしょうけど。
筆 者:1人当たり売上高も問題です。3350万円なんて、どこから出てきたのか。自分で自分を騙していることに気がついていない。
担当者:かもしれませんが、だとしても問題の本質は別ですよね。
という流れで、話は受託ITサービス業、なかんずくソフトウェア受託開発業の多重下請け構造に広がっていった。
筆 者:過去30年来の課題ですが、なかなか解決の糸口は見つからない。口では「これからはDX(デジタル・トランスフォーメーション)だ」「ITで世の中を変革していこう!」と言いながら、本音は現状を変えたくないんじゃないか。水を飲みたがらない馬に水を飲ませることはできない、って言うじゃないですか。なんとかしようなんて、考えないほうがいい。
担当者:しかし放置していては、DXなんて実現しない。なんと言ってもIT技術者の7割は受託側にいるわけですから。
筆 者:ならばいっそのこと、業法を整備して事業を許認可制にしたらどうです?
担当者:許認可制にするのは、ITの自由度、発展性を阻害するでしょう。
筆 者:せめて公共調達における調達価格の目安を設定する。そうでなければ、ITエンジニアのマンパワービジネスをしていて、「指示されたこと以外はしない」という企業を「IT技術者派遣業」と再定義してしまうのはどうです?
担当者:雇用問題に置き換える、ということですか。
筆 者:政策として突っ込むなら、そのぐらいしか手はないでしょう。
という話で盛り上がった。
デジタル・ネイティブのチャレンジに期待しよう
多重下請けの実態を把握するのは、実はたいへんに難しい。
10年ほど前になるが、IT記者会で「地域中小IT事業者に特有の経営課題と今後の方向性」というような調査を行ったことがある。そのとき「御社の売上高に占める主要な取引ポジションは?」という設問を用意した。
多くの企業が「2次請け」と回答するのだが、発注元を尋ねると地域のユーザー系有力ITベンダー(放送局や交通・運輸会社などの情報処理部門が独立したIT子会社)か、旧メインフレーマや大手SIerの地域子会社・事業所だったりする。つまり「2次請け」というのはその地域に限っての話で、発注元の元をたどると、実際は4次請け、5次請けということが少なくない。
IT記者会の調査では「ソフトウェア受託開発業の多重下請けは平均4.5次、最大8次で海外(韓国、中国、台湾、ベトナムなど)を巻き込んでいる」と結論づけた。自称する取引ポジション+2と考えて、まず間違いはない。
多重取引構造が引き起こす事案として、プロジェクト従事者のモラルやモチベーション、成果物の品質やセキュリティおよび、納品後の瑕疵や保守管理という問題がある。一方、人月モデル型受託ITサービス業における利益配分システムとして機能し、発展(?)してきた実態もある。そのトレードオフで、業界の企業の少なからずが利益配分システムの機能を選択しているわけだ。
多重下請け構造こそ「ぬるま湯」の温床で、いちど「茹でガエル」になったらデジタル・チャレンジに向かって戦闘態勢を整えるなんて無理、ということで意見が一致した。声高に「これからはDXだ!」などと喧伝することなく、デジタルに軸足を置いてチャレンジしている企業やエンジニアがいるはずだ。デジタル・ネイティブな事業者や人材が情報を交換・共有できる場を作って、一点突破でもいいからブレークスルーをねらうしかない。
つまり「人月モデル型受託ITサービス業の体たらくを嘆いても始まらない」「JISAのトンチンカンを止めるのは誰か、と考えるのもバカバカしい」ということだ。