情報サービス産業協会(JISA)によると、2017年度、受託型ITサービス業の従業員1人当たり売上高が3358万円だったという。へぇ〜、というか何というか、にわかに信じられなかったのは、筆者が保有しているデータと大きく違ったからだ。
筆者が保有しているのは、株式上場の受託型ITサービス業の業績データだ。2017年度は169社(正規位雇用39万1412人、非正規雇用11万7869人、計50万9281人)で、従業員1人当たり売上高は前年度比2.1%増の1958万円、非正規雇用者を合わせた就業者1人当たりは2.9%増の1505万円。
素朴に思うのは、JISAに加盟している企業はよほど売上高が大きいのか? ということだが、NTTデータ、野村総合研究所、伊藤忠テクノソリューションズ、TIS、SCSKといった大どころは重なっているだろう。なぜJISA調査だと3358万円、筆者の調査だと1958万円(1505万円)なのか、さっぱり分からない。
まさか単独・個別ベースの正規雇用者数で連結ベースの売上高を割っていたりしていないよね? と邪推しつつ、ともあれJISAの『情報サービス産業白書2019』から、「統計で見る情報サービス産業」を紹介する。
集計した統計データがどのようなものか説明されていないのだが、2017年度については2019年1月に公表された「情報サービス産業 基本統計調査2018」とほぼ断定していい。対象は2018年6月末現在の正会員510社、調査票を発送したのは2018年7月、回収期間は同年7〜12月、有効回答は335社(有効回答率65.7%)だった。
2017年度分は335社の回答を集計
そこで「出所」が明らかな2017年度分について概要を記すと、335社の売上高は9兆1159億円、うち「情報サービス」の売上高は8兆2394億円、従業員数は27万1471人だった。売上高に占める情報サービス売上高の割合は90.38%、売上高の対前年度増減率は4.39%(2016年度業績を回答した333社の加重平均)となっている。
1社当たりを見ると、資本金21億16百万円、従業員810人、売上高272億12百万円(うち情報サービス売上高245億95百万円)、従業員1人当たり売上高は3358万円(うち情報サービス売上高3035億円)だった。
ちょっと待った。
NTTデータの2017年連結就業者数は11万8006人だ。これを335社で割ると361人(端数は切り捨て)、売上高500億円超の22社だけで正規雇用者数は28万3187人になって、JISAの集計対象335社の従業員数を上回ってしまう。
う〜、まったくワケがわからん。
ここで引っかかっていると先に進めなくなるので、この問題は後回しにしよう。
2018年1月に公表された「情報サービス産業 基本統計調査2017」(対象519社、有効回答340社)の1社当たりと比較すると、資本金は1.10%増、従業員は1.12%増、売上高は6.82%増(うち情報サービス売上高は7.79%増)、従業員1人当たり売上高は5.56%増(うち情報サービス売上高は6.53%増)となる。
従業員の平均年齢は40.3歳(2016年度比0.2歳増)、うち男性は41.0歳(増減ナシ)、女性は36.9歳(0.4歳増)だった。年間労働時間は1887時間(増減ナシ)、うち所定内実労働時間は1771時間(4時間増)、ITエンジニアの所定外労働時間は255時間(22時間減)だった。
初任給は大卒21万2322円(1369円増)、専門学校19万2872円(1988円増)、大学院卒22万2499円(1645円増)で、1.04%〜0.65%の上昇だった。年次有給休暇の取得日数は12.4日(0.5日増)、取得率は67.8%(4.4ポイント増)となっており、残業時間の短縮と併せ就労要件の改善が進んでいる。
リーマンショックの影響は3年続いた
『情報サービス産業白書2019』では、会員企業の業績について、1996年度から2018年度までの売上高の対前年度増減率が示されている。おそらく各年次の「情報サービス産業 基本統計調査」から当該数値を引っ張ってきたものと推測される。このため各年次の対前年度増減率は、①前年度の数値を回答した企業の加重平均、②当該年次に限定され、連続性は担保されていない。
併せて経営指標として、本業の利益を示す営業利益が売上高に占める割合(営業利益率)、本業外損益を加算した経常利益の割合(経常利益率)が示されている。これも有効回答の加重平均だが、売上高の対前年度増減率よりは連続性が認められていい。
本稿では直近15年間の売上高増減率(ーー)と営業利益率(ーー)をグラフ化した。
売上高の伸び率は2018年度の7.10%増が直近15年間で最も高い。リーマンショックの影響は2008年度に1.16%減となって現れ、2009年度の7.48%減をピークに、2010年度の1.53%減まで、3年間続いた。
営業利益率は2006年度の6.84%が最も高く、2007年度の6.80%がそれに次いでいる。2017年度は6.77%にまで上昇したが、リーマンショック前には及んでいない。
外注費と人件費を減らして利益を確保した
従業員1人当たり売上高は2004年度が2876万円だった。リーマンショックの影響がピークだった2009年度に3000万円台を割り込み、2014年度に3130万円となって以後、2017年度に直近15年間の最高となる3358万円だった。
本調査では平均給与が表示されていないのだが、「人件費率」がヒントになる。人件費率がただちに給与を意味するわけではないが、1人当たり売上高に人件費率を乗じれば、「当たらずといえども遠からず」の数値を得ることができるだろう。
単純計算では2004年度825万円を皮切りに、2014年度には1008万円と大台を超えたことになるが、これは実態と大きく乖離している。というのは従業員1人当たり売上高から外注費が引かれていないためだ。2017年度の1人当たり売上高3358万円は、外注費を差し引くと2341万円になる。
そこで各年度の「外注費率」を乗じて1人当たり売上高を補正すると、下の表・グラフのような結果となった。1人当たり売上高に各年次の人件費率を乗じると、2017年度は987万円となり、その全てが給与・賞与として支払われていないにしても、実態との乖離が大きすぎるように思われる。
1人当たり売上高は2007年度に7.4%減、外注費も13.6%減となっており、その減少幅はリーマンショック影響ピークの2009年度並みといっていい。またリーマンショックの影響は2011年度まで、丸4年にわたって続いたこと、その影響を回避する(利益を確保する)ために外注費と人件費を減らしたことが分かる。
実態を見るなら「中央値」を参照すべし
産業規模の動向は企業ベースで、企業の動向は1社当たりで、景況は1人当たりで集計・分析する。JISAの「情報サービス産業基本統計調査」の調査項目は
1.基本情報 (1)本社所在地
(2)設立年月
(3)決算年月
(4)資本系列
(5)主たる営業地域
(6)資本金
(7)従業員数
(8)売上高
(9)業務別売上高
(10)主たる業務
2.経営指標 (1)人件費
(2)外注費
(3)営業利益
(4)経常利益
(5)材料費
(6)経費
(7)設備投資
(8)研究開発投資
(9)教育投資
3.労務状況 (1)従業員構成
(2)平均年齢
(3)給与・賞与
(4)労働時間
(5)有給休暇
(6)外国人・シニア・障がい者の従業員数
(7)テレワーク実施状況
(8)新規採用数
(9)初任給
(10)中途採用数
(11)退職者数
(12)新規採用における10年後定着率
4.海外法人 (1)海外子会社保有数
(2)海外子会社従業員数
(3)海外子会社売上高
の4カテゴリー34項目だ。
今年の1月に公表された2018年版を見ると、
▶︎本社所在地:「東京」218社(65.1%)/首都圏246社(73.4%)
▶︎設立時期:「1966〜1970」69社/1985年以前240社(71.6%)
▶︎資本金:「1000万円超〜5000万円」87社/中央値1億円
▶︎従業員数:「501人〜1000人」60社/中央値303人
▶︎売上高:「100億円超〜300億円」64社/中央値50億3443万円
となっている。
ここに出てきた「中央値」が実は重要で、「平均値」より実態に近いかもしれない。つまり「情報サービス産業基本統計調査2018」の回答企業は、
東京ないし首都圏に本社を置く1985年以前に設立され、資本金は1億円、従業員300人、売上高50億円
の会社ということになる。
そこで幾つかの項目について中央値と平均値を見ると、次のようだった。
▶︎営業利益率:4.64%(平均値6.77%)
▶︎経常利益率:5.06%(平均値7.70%)
▶︎設備投資費率:0.75%(平均値5.92%)
▶︎情報化投資費率:0.37%(平均値4.38%)
▶︎研究開発費率:0.01%(平均値0.96%)
▶︎教育投資費率:0.30%(0.29%)
平均値に対して中央値は、営業利益率▲2.13ポイント、経常利益率▲2.64ポイントと3分の1低く、設備投資費率は▲5.17ポイント、情報化投資費率は▲4.01ポイント(ともに1割以下)と大きな乖離がある。
平均的な回答企業の売上高50億円/従業員300人とすると……、混乱を起こしそうなので付記するのだが、1割が5億円、1%が5千万円、0.1%は500万円、0.01%は50万円でいいんだよね?
と確認したうえで計算すると、設備投資は3750万円(1人当たり12.5万円)、情報化投資は1850万円(同6.2万円)、研究開発費は50万円(同0.17万円)、教育投資は1500万円(同5万円)ということになる。
21世紀のいま、「情報化投資」という言い方はなかろうとは思うものの、開発環境の整備は技術教育はほとんど行われておらず、研究開発にいたっては「???」なのが実態ではないか。JISAはこの実態をどう見ているのか。
取引の契約、非正規、派遣の問題を調べよ
4カテゴリー34項目となると調査票に記入する担当者も大変だ。総務、営業、人事といった部署間の調整が必要だし、最終的に経営陣の承認をもらわなければならない。なかには「エンピツなめなめ」ということもある(かもしれない)。
調査項目を見ると、最近の話題(ダイバシティ、働き方改革)に反応して追加された項目が散見されるのだが、それはそれで別の調査として実施したほうがいい。そのような項目は削除し、むしろ本来的ないし構造的な問題にかかわる重要な項目を補充すべきだ。
いや、筆者は部外者なので、「そのようにしてほしい」とお願いすべきところである。
それは「取引の契約」(元請け・2次請け・3次請け・4次請け/請負・準委任・再委託・部分請負・派遣・出向)、「非正規雇用者」「派遣/派遣受け入れ」だ。
元請けか下請けか、請負か準委任か派遣か、ビジネスモデルによって収益構造が違ってくる。正規雇用者数と非正規雇用者数、派遣受入れ数を合計した「総就業者数」で1人当たり業績を出さないと、実態が見えてこない。給与についても同じことが言える。
個別の回答が得られないなら、有価証券報告書がある。株式を公開している企業なら、必ず公表しているものだ。JISAに加盟していないが、例えばプレステージ・インターナショナルというBPOサービス会社は、「従業員」「契約社員」「地域限定社員」の人数と平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与を明示している。調べる気になれば、それなりに調べることができる。
「それはそれで別の調査を行っている」と言うのならヨシとしないでもないが、回答企業が違ったり、「ITエンジニアにとっての《ワクワク醸成要因》」アンケートのように回答数が極端に少ないと話にならない。
もう一つは、調査結果の分析方法を見直してほしいということだ。それは着目点、切り口と言い換えていいのだが、例えば「外注費率と営業利益」の関係はどうか、という視点である。
なぜ外注を使うかというと、大きく3つの理由がある。
1つは全員を自社の社員として雇用すると人件費が増えて経営を圧迫してしまう。雇用に柔軟性を持たせ、景況のショックアブソーバとして外注を使う。
もう1つは、受注した案件に応じて最適なチームを編成する。自社の要員がカバーしていない技術を補充するためだ。
3つ目は利益を取るためだ。「1人当たり月100万円・3人」で受注した案件で、自社の社員1人をリーダーとして、2人を外注で調達する。人件費率は3割なので、外注先には2人分、計120万円を支払う。外注の2人分の社会保障費や交通費、教育費などは外注先の負担なので、結果、会社は3人分以上の粗利をあげることができるというわけだ。
下のグラフを見てほしい。外注費の増減と営業利益率が同期していることが分かるだろう。外注費を増やせば営業利益が上がるのだ。人を増やせば売上高が増え、外注を多用すれば利益が増えるという「人月の神話」がまだ生きている。
ところが2006・07年度の2年間、2016・17年度の2年間、外注費と営業利益率が同期していない。しかも2006・07年度、2016・17年度の4年は、直近15年間の営業利益率トップ4なのだ。
外注を縮小すると営業利益率が上昇する。
それはなぜなのか。JISAにとって、詳細に分析する価値があるのではないか。