ソフトウェア ・エンジニアリング研究の最前線 スウェーデンで開催された国際週間に見る(8)

 筆者は以前、「産業研究におけるフィールドワーク」という手法に興味を持ったことがあり、またIPA/SECの業務でいくつかの「実証プロジェクト」に長期間参加した経験から、1)2)の発表はとても興味深かった。またこれらの主張が今回の会合の開催地である北欧発というのも面白い。主観的ではあるが、「じっと観察して、よく考える」といった文化的な背景を感じた。

グローバル開発に関して

 グローバル開発に関して5件のショートペーパの発表があった。
 1)Effects of Four Distances on Communication Processes in Global Software Projects/グローバルなソフトウェア・プロジェクトにおけるコミュニケーションに関する4つの距離の影響:Tuomas Jaanu, Maria Paasivaara and Casper Lassenius(いずれもAalto大学、フィンランド)
 2)Inter-team Coordination in Large-Scale Globally Distributed Scrum: Do Scrum-of-Scrums Really Work?/大規模なグローバルに分散したScrumにおけるチーム内協調:Scrum of Scrumの実行は実際に機能するか?:Maria Paasivaara,Casper Lasseniusand Vill T.Heikkla (いずれもAalto大学、フィンランド)
 3)Alignment of Business, Architecture, Process, and Organization in a Software Development Context/ソフトウェア開発の文脈におけるビジネス、アーキテクチャ、プロセスおよび組織の組み立て:Stefanie Betz and Claes Wohlin(ともにBIT大学、スウェーデン)
 4)Software Quality Modeling Experiences at an Oil Company/ある石油企業におけるソフトウェア品質モデル化の経験:Constanza Lampasona, Jens Heidrich(ともにIESE、ドイツ), Victor Basili(メリーランド大学ほか)and Alexis Eduardo Ocampo (ECOPETROL、コロンビア)
 5)Managing Technical Debt in Practice: An Industrial Report/実務における技術的負債のマネジメント:産業界のひとつの報告:Clauirton A. Siebra(Paraibra大学、ブラジル), Graziela S. Tonin, Fabio Q. B. da Silva, Rebeka G. Oliveira, Antonio L.O. C. Junior, Regina C. G. Miranda, Andre L. M. Santos(ともにPernambuco大学、ブラジル)


スケールの大きさに驚く

 1)はグローバルなソフトウェア開発に4つの距離、すなわち、地理的、時間的、文化的、そして組織的な距離があるとして、理論的に考察するとともに、3つの事例に対してこうした距離のプロジェクトへの影響を調査している。事例は、フィンランドとインド、フィンランドリトアニアフィンランドとマレーシアおよびルーマニアの分散開発で、要員規模は最初の例がフィンランド14人、インド25人、次の例はそれぞれ11人と6人、45人と7人である。
 2)は広域分散開発でScrum 手法を階層的に実施するScrum on Scrumという手法を実施できるかどうかという報告で、2つの事例が報告された。1つは開発プロジェクトがフィンランドの10開発チーム、インドの6開発チーム、ドイツの2試験チーム、ギリシャの2試験チームで構成され、Scrum手法の経験は2年半、開発対象ソフトウェアはテレコム関連ソフトウェアで、開発開始時からScrum手法が用いられた。もう1つは、フィンランドの18チーム、ハンガリーの7チームで構成された例で、Scrumの経験は1年半だった。対象ソフトウェアは開発から10年経っているテレコム関連ソフトウェアである。結果として1チームはScrum on Scrumを導入できたが、他は未だ難しいと報告している。
 3)はビジネス、アーキテクチャ、プロセスそして組織(BAPO)の連携に関するやや理論的な考察で、インタビュー調査が含まれている。
 4)はコロンビアのEcopetrol という石油とガスの企業の大規模な社内情報システムを統括する立場の人からの発表で、仕事はドイツと米国のIESEとの共同作業だった。GQMの考え方を用いて全社品質モデルを作った報告である。ドイツのIESEの研究員がコロンビアへ飛んで仕事している。
 5)は大規模なプロジェクトにおける技術的負債(将来へのつけ)に関する実証研究。サムスンモバイル社のプロジェクトで、6年間にわたって開発者やプロジェクトマネージャーの電子メール、ドキュメント、CVS(バージョン管理システム)ログ、コードファイルとインタビューの情報を集めて分析し、技術的負債の存在を描き出し、教訓を引き出した。論文としての優劣はともかく、いずれも研究の背景となるプロジェクトのスケールが大きいのに驚かされる。


筆者略歴
みたによしき: 1973年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、電電公社、NTT、NTTソフトウェア(株)を経て、2003-2011年奈良先端大研究員/非常勤講師、2004−2010年IPA/SEC研究員。2010年から現職。奈良先端大博士研究員、IPA/SEC専門委員を兼務。博士(工学)。


神谷芳樹のオフィシャル・エッセイ