ソフトウェア ・エンジニアリング研究の最前線 スウェーデンで開催された国際週間に見る(7)

<span style="color: #0000cc"><span style="font-size: 150%"><span class="deco" style="font-weight:bold;">ESEM2012の概要</span></span></span>

 ESEMは、論文発表を中心とした2日間の国際会議である。登録参加者は約20ヶ国から136人と発表された。フルペーパ24件、ショートペーパ19件、ポスター4件が採録された。採択率はフルペーパが25%、ショートペーパが32%、ポスターが100%だった。筆者はフルペーパのプログラム委員を勤める傍ら、ポスターセッションに参加した。
 この20ヶ国というのは参加者の所属組織の所属国によるもので、実際にはもっともっと多彩な国から参加しているという印象だった。各国の大学や研究機関は世界中から人材を集めており、そこからこのような国際会議に発表のために集まるのだから、見た目にはとても賑やかになる。
 会議は3つのトラックで進められ、沢山の発表のなかから興味のある発表を聞き、またたっぷり用意されたブレークタイムや食事の時間にいろいろ聞いたり議論することになる。
 セッションは次のように分類されていた。私訳を添える。
 ●Research methodological issue:研究の方法論
 ●Methodologies:(ソフトウェア開発の)方法論
 ●Metrics:メトリックス
 ●Empirical Studies & Systematical Reviews:実証研究とシステマティックなレビュー
 ●Maintenance and Effort Estimation:保守と稼働見積もり
 ●Methods and Principles:方法論と原則
 ●Prediction:予測
 ●Testing and Inspection:テストとインスペクション
 ●Global Software Engineering and Development:グローバルなエンジニアリングと開発
 ●Requirements:要求
 ●Software Quality and Evolution:ソフトウェアの品質と革新
 ●Defect Detection:欠陥の検出
 ソフトウェア・エンジニアリングのテーマの定番が並んでいるが、その中で筆者の目を引いたのが、「研究の方法論」と「グローバルなエンジニアリングと開発」である。
 というのは、我々はこれまでソフトウェア・エンジニアリングに関する数々の発表の場で、夥しいケーススタディを聞かされてきた。もとよりソフトウェア開発には個別性の壁、あるいは秘匿性の壁があり、これらの、いうなれば特殊解のコレクションとそこから得られる知見をどのように一般化して考えるか、さらにそれを具体的な問題にどう活用してゆくかが大きな課題となっていた。そこで研究の方法について今一度考えようというのがこのテーマである。
 もう一つは、アジャイルクラウドなど次々に出てくる新しいトレンドの中で、ソフトウェア・エンジニアリングの領域で「何がインパクトの大きい課題か」と問うたときに、「分散開発」、それも「グロ−バルな開発に関わる問題への対応」が大きく浮上してきた、ということである。
 研究方法論のセッションで3つのフルペーパが発表された。
 1)Challenges of Applying Ethnography to Study Software Practices/ソフトウェア開発活動の研究への民俗学の適用の試み:Carol Passos (UFBA:Bahari大学、ブラジル), Daniela Cruzes (NTNU:ノールウェイ科学技術大学), Tore Dyb&#229; (SINTEF: ノールウェイ産業科学技術研究所) and Manoel Mendon&#231;a (UFBA)
 2)What Works for Whom, Where, When, and Why? On the Role of Context and Contextualization in Empirical Software Engineering/誰のために、いつ、どこで、なぜ、何をするか?実証的ソフトウェア・エンジニアリングにおけるコンテキスト(文脈)とコンテキスト化の役割:Tore Dyb&#229;(オスロ大学/SINTIF:ノールウェイ産業科学技術研究所), Dag I.K. Sj&#248;berg (オスロ大学、ノールウェイ)and Daniela S. Cruzes(NTNU:ノールウェイ科学技術大学)
 3)Systematic Literature Studies: Database Searches vs. Backward Snowballing/システマティックな文献検索:データベース検索と雪だるま型遡及法:Samireh Jalaliand Claes Wohlin(いずれもBlekinge Institute of Technology:BIT大学、スウェーデン)

 1)は、Ethnographyすなわち民俗学の手法のソフトウェア開発研究への適用に関する研究である。博士候補生の発表で、2年半にわたって5つのプロジェクトに入り込み、民俗学の手法でソフトウェア開発の実務を観察したことにもとづく研究方法論である。対象プロジェクトの中にはアジャイル開発も1件含まれている。そしてこうした手法の課題とあわせてその有効性を主張している。観察者と実務者の役割のバランスや、内部からの観察と外部からの観察の関係、研究に長期間要することの問題などに触れている。
 2)は、ソフトウェア開発プロジェクトのContextすなわち文脈の重要性を主張した論文である。文脈とはソフトウェア開発プロジェクトの様々な属性のことである。本論ではソフトウェア開発の観察に必要な文脈について、その定義やその重要性を述べている。特に実証的なソフトウェア・エンジニアリングの研究における文脈の重要性を主張している。そして「ペアプログラミングの有用性に関するデータ収集」の事例をもとに、同じ収集データでもプロジェクトの文脈のとらえ方次第で全く違う解釈が出て来ることを実証している。文脈の把握にはプロジェクトに没入することが必要で、時間的な投資を必要とする。学術界で学生がオンライン調査やアンケート、短いインタビューなどで導く研究を批判している。ソフトウェア・エンジニアリング研究での文脈の軽視が、研究結果に対する実務者からの批判のもとであると述べている。そして研究の方法論として民俗学のアプローチを支持している。
 3)は、別の視点からの研究方法論である。文献収集において、検索エンジン型の収集と雪だるま型遡及方式、つまり参考文献リストから遡り型に関連文献を集める方法を大規模に比較した実証例である。


筆者略歴
みたによしき: 1973年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、電電公社、NTT、NTTソフトウェア(株)を経て、2003-2011年奈良先端大研究員/非常勤講師、2004−2010年IPA/SEC研究員。2010年から現職。奈良先端大博士研究員、IPA/SEC専門委員を兼務。博士(工学)。

(神谷芳樹のオフィシャル・エッセイ)