ソフトウェア ・エンジニアリング研究の最前線 スウェーデンで開催された国際週間に見る(5)

 ISERNではその他にパラレルセッションで次のようなテーマでワークショップが行われた。これらのテーマは事前に公募され運営の委員会で採択されたものである。
 ●Coding Contests-A Foundation
       for Large Scale Experiments in Empirical Software Engineering
 ●Professional Ethics in Writing Software Engineering Papers
 ●GQM+Strategies
 ●What are (currently) the best practices in SE?
 ●Empirically founded RequirementsEngineering Improvement
 ●Qualitative syntheses
 筆者はこのうち2つに参加した。
 たとえばCoding Contest では、ウィーン大学Catalyst社が中心になって欧州で2007年から実施している若者向けの大規模なプログラミングコンテストの紹介があり、ここから得られるもの、得たいことについて議論が進められた。
 このコンテストは賞金付きで、4時間程度のものだという。プログラミング言語は固定されていない。年3回実施され、当初は100人程度の参加だったが年を追って盛んになり、2012年には10ヶ国から300人程度が参加したそうだ。賞金12,000ユーロの他にTシャツがもらえ、さらにスポンサー企業からインターンシップの機会と仕事のオファーがある。
 参加者は、生徒(34%)、学生(40 %)、専門的な実務家(26%)である。コンテストには、参加者、スポンサー企業、それに研究者がそれぞれ目的を持って参加する。研究者はこのコンテストの中からソフトウェア・エンジニアリング研究のための様々なデータを得ることが出来る。
 こうした機会について、その目的、適切なアプリケーション領域、産学連携の進め方など、その意義や活用法、発展法について議論が進められた。筆者は似た手法として日本ではロボット・コンテストが盛んなことを指摘し、今後の方向としてロボット・コンテストもあり得るというような議論もあった。
 What are the best practice は、ドイツのフラウンホーファ財団IESEの研究者の提案で、「エビデンス・ベース・アプローチ」、要するにベスト・プラクティス、成功事例を集め、活用を図っていく方法についての議論を進めた。ここでもポストイットが配られ大量のアイディアが集められた。ベストプラクティスだけでなく失敗事例を集めることも議論された。筆者は日本のIPA/SECで多くの失敗事例コレクションを出版して活用されていることを紹介した。全体のまとめは幹事に委ねられたが、まとめるよりも議論そのものを楽しむという印象だった。

 そのほか、筆者は参加しなかったが次のような話題があった。
 Ethicsはソフトウェア・エンジニアリングの論文発表における倫理に関する議論である。実証的な研究が盛んになるのにともない、データの取得や発表における倫理が問題になってきた。比較的新しいテーマである。
 GQM+Strategyでは、この手法・考え方に関する各国、各組織の情報交換や発展方法について議論された模様である。
 RequirementEngineering要求工学については議論のなかから研究を深め,共同研究のきっかけをつくって、最終的には学術論文にまとめていきたいということだった。
 Qualitative synthesis定性分析については、定性的データの収集と分析法、チェックリストの活用などが議論された模様である。

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<span class="deco" style="font-weight:bold;">ESEM2012の概要</span>
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 ESEMは、論文発表を中心とした2日間の国際会議である。登録参加者は約20ヶ国から136人と発表された。フルペーパ24件、ショートペーパ19件、ポスター4件が採録された。採択率はフルペーパが25%、ショートペーパが32%、ポスターが100%だった。筆者はフルペーパのプログラム委員を勤める傍ら、ポスターセッションに参加した。
 この20ヶ国というのは参加者の所属組織の所属国によるもので、実際にはもっともっと多彩な国から参加しているという印象だった。各国の大学や研究機関は世界中から人材を集めており、そこからこのような国際会議に発表のために集まるのだから、見た目にはとても賑やかになる。
 会議は3つのトラックで進められ、沢山の発表のなかから興味のある発表を聞き、またたっぷり用意されたブレークタイムや食事の時間にいろいろ聞いたり議論することになる。
 セッションは次のように分類されていた。私訳を添える。
 ●Research methodological issue:研究の方法論
 ●Methodologies:(ソフトウェア開発の)方法論
 ●Metrics:メトリックス
 ●Empirical Studies & Systematical Reviews:実証研究とシステマティックなレビュー
 ●Maintenance and Effort Estimation:保守と稼働見積もり
 ●Methods and Principles:方法論と原則
 ●Prediction:予測
 ●Testing and Inspection:テストとインスペクション
 ●Global Software Engineering and Development:グローバルなエンジニアリングと開発
 ●Requirements:要求
 ●Software Quality and Evolution:ソフトウェアの品質と革新
 ●Defect Detection:欠陥の検出
 ソフトウェア・エンジニアリングのテーマの定番が並んでいるが、その中で筆者の目を引いたのが、「研究の方法論」と「グローバルなエンジニアリングと開発」である。
 というのは、我々はこれまでソフトウェア・エンジニアリングに関する数々の発表の場で、夥しいケーススタディを聞かされてきた。もとよりソフトウェア開発には個別性の壁、あるいは秘匿性の壁があり、これらの、いうなれば特殊解のコレクションとそこから得られる知見をどのように一般化して考えるか、さらにそれを具体的な問題にどう活用してゆくかが大きな課題となっていた。そこで研究の方法について今一度考えようというのがこのテーマである。
 もう一つは、アジャイルクラウドなど次々に出てくる新しいトレンドの中で、ソフトウェア・エンジニアリングの領域で「何がインパクトの大きい課題か」と問うたときに、「分散開発」、それも「グロ−バルな開発に関わる問題への対応」が大きく浮上してきた、ということである。

筆者略歴
みたによしき: 1973年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、電電公社、NTT、NTTソフトウェア(株)を経て、2003-2011年奈良先端大研究員/非常勤講師、2004−2010年IPA/SEC研究員。2010年から現職。奈良先端大博士研究員、IPA/SEC専門委員を兼務。博士(工学)。


(神谷芳樹のオフィシャル・エッセイ)