デジタルに浮き立つ前に、既存プロセス/システムの見直し・整理を 技術的負債はレガシーだけじゃない─DX着手前にやっておくべきこと(3)

バズワードの空中戦より大事な地上戦

 ここで思い出すのは、みずほ銀行のシステムトラブルだ。第一勧業、富士、日本興業の旧都市銀3行のシステム統合という特殊な要因があるにせよ、デジタル通帳やWeb口座といったDXレイヤの展開を、既存の基幹系プラットフォームが阻害することになってしまった。システムトラブルが信頼の失墜に結びつき、DX推進のブレーキとなったかたちだ。

 金融庁が業務改革命令を出す事態となったものの、いまだにトラブルの要因は明らかにされていない。ソフトウェア保守ないしシステム運用の観点で言えば、要求定義や保守・更改履歴にかかるドキュメント、プログラムライブラリ管理などの不整備、工学的アプローチの不整合があった、ということになるだろうか。広木氏の言に従えば、「組織としてソフトウェアコントローラビリティを失っている」ということになる。

 一方、筆者が取材した売上高350億円超の中堅製造業はオフコンのサポート終了を控え、2年をかけて取引先や製品のコードを正規化し、業務プロセスを見直した。詳細な要求分析ですべての処理プロセスを主語+対象+動詞(AはBをCする)に落とし込み、ノーコード開発でシステムを構築した。

 新システムは操作手順が違うため、最初のうちは不評だった。ところが在庫量が正確に分かる、QRコードを読み取るだけで受注先・出荷先が管理できる、残業時間が2割以上減った等々、UX(User Experience)が高まった。UXがあるので、例えば自社で用意したトレーラーの荷台に積荷しておいて、運送会社に牽引車とドライバーを発注する(トレーラーが来てから積載する時間を短縮できる)ことも容易になる。

 事業規模が違うので一概には言えないのだが、2つの事例はDXに対応した既存システムの振る舞い、あるいはDXレイヤ構築に備えてシステム運用部門がなすべきことを示唆している。「デジタル」に浮き足立つことなく、まず着手すべきはデータの正規化、事務手続きの見直し、膨大なプログラムの棚卸しといったところだ。もちろん並行してドキュメントの整理を進める必要もあるだろう。

 メディアやコンサルタントビッグデータ、データサイエンス、AIといったキャッチーな言葉(バズワード)の空中戦を好む傾向にあるのだが、安定したシステム運用の継続は地上戦。時間がないから(急ぐから)アジャイルで、でDXレイヤを構築したら、それはただ新しい技術的負債を負うに過ぎない。粛々と、既存システムをきっちりコントロールできる状態にしておくことがDXの第一歩、それを支えるのがシステム運用の要点と心得るべし、なのである。