デジタルに浮き立つ前に、既存プロセス/システムの見直し・整理を 技術的負債はレガシーだけじゃない─DX着手前にやっておくべきこと(2)

「バラ色の将来像」の実現は困難、問われる視座は

 テレワークを取り込んだ多様な働き方、取引データを適時把握・分析するリアルタイム経営、ビッグデータに基づく迅速で柔軟な資金融資と経営アドバイス等々。DXが実現するバラ色の将来のためのアーキテクチャが、図2の「デジタル取引・決済アーキテクチャの7レイヤ」だ。

図2:デジタル取引・決済アーキテクチャの7レイヤ(出典:「契約・決済アーキテクチャ検討の方向性と将来像」に関する合同記者勉強会)
拡大画像表示

 これにウォレット(電子財布)が加われば、企業はリアルタイムな資金管理だけでなく、金融機関への依存度を大幅に低減できることになるだろう。つまり、金融機関にとっては諸刃の剣だ。

 受発注と決済について、筆者はこれ以上の知識を持ち合わせていない。とはいえ「バラ色の将来像」が容易に実現しないことは推測できる。目先の課題は、類似プロジェクトに取り組んでいる金融庁中小企業庁などとの政策調整、さらに会計ソフトベンダーをコアとする電子インボイス推進協議会(EIPA)など関連業界団体との連携がある。「船頭多くして──」にならないよう、デジタル庁の主導力が試される。

 もう1つは、公共調達における決済がある。落札から入金まで1年近くかかるケースが少なくないために、中小企業は厳しい資金繰りが迫られる。図2では受発注(Purchase Order)に基づく資金調達「POファイナンス」の導入を提唱しているが、並行して官公庁における紙とハンコの手続きをデータ連携/Peppol/ZEDI/ウォレット/電子マネーに転換できるか、という難問が控えている。

 3つ目は取り引きにかかる慣例だ。契約書や伝票はもとより、掛取引、末締め翌月払い、約束手形といった商慣習がある。食品賞味期限“3分の1ルール”、メール添付ファイル送信慣習のPPAPなどもそれに類するものだし、生産(製造)から消費に至る商流・物流の階層や倉庫・運送従事者の働き方も改革していかなければならない。

 つまりIT目線で立案した「デジタル取引・決済アーキテクチャ」が解決できるのは、手続きの部分に限られる。ネット通販やWeb受発注の仕組みが既存の商流階層に風穴を開けつつあるものの、最後に残る物流をどう改革するかが、ワンストップ次世代取引基盤のカギとなる。ここでもデジタルツイン/CPS視点の課題解決策が欠かせない。

共通基盤と基幹系PFにDXレイヤがつながる

 「やっぱりフィジカルな課題が残るんだよな──」と思っていたところで参加した「ソフトウェアの進化とメインテナンスに関するシンポジウム(SEMS)2022」について。既存システムをDXにどう対応させるか、あるいは既存システムの運用保守部隊はDX時代にどうふるまうべきかを考えるよい機会となった。

 シンポジウムの構成は、「DXレポート」の編集に関与した山本修一郎氏(名古屋大学名誉教授)による「DX最新事情」と、日本CTO協会理事でレクター取締役の広木大地氏による「技術的負債とその処方箋」の2題。最後のセッションは主催したSERCの伊藤順一氏、石川雅彦氏と講演2氏による意見交換「DXを技術的負債から考える」という内容だった。

 レクチャーの分かりやすい部分を参考までに紹介しておくと、山本氏の講演では「DXを実現するITシステムのあるべき姿」(図3)、広木氏の講演では「技術的負債ではなくソフトウェアコントローラビリティ」(図4)を挙げることができる。DXを取り上げる記事は「DXありき」になりがちで、どうしても既存システムに目が届かない。

図3:DXを実現するITシステムのあるべき姿(出典:山本修一郎氏「DX最新事情」、IPA「DX実践手引書 ITシステム構築編」)
拡大画像表示
図4:技術的負債でなくソフトウェアコントローラビリティ(出典:広木大地氏「技術的負債とその処方箋」)
拡大画像表示

 図3の「DXを実現するITシステムのあるべき姿」の出所は、IPAが2021年11月に公表した「DX実践手引書 ITシステム構築編」だが、オリジナルの図は山本氏が作成したのに相違ない。業務・業界・社会にかかる外部共通基盤と基幹系プラットフォームの上に、標準化されたAPIでデータ活用基盤(デジタルツイン)、データ分析基盤/価値提供基盤(デジタルプラットフォーム)がつながる(ないし覆い被さる)という構造となっている。

 データ活用基盤から上位のレイヤの構築はアジャイル方式で、というのが一般的な論調だが、アジャイル方式にも計画性のある開発や品質の維持が難しくなる技術的負債が発生する。そういう中で既存の基幹系プラットフォームを頑張って延命してしまうから、ますます技術的負債が大きくなるのだ、と山本氏は言う。

 これに対して広木氏は、「企業経営において負債は決してマイナス要因ではない」という。そのうえで「レガシーシステムは技術的負債ではなく、組織としてソフトウェアをコントロールできなくなることが問題」と指摘する。

 古いコード、汚いコード、バグの放置に加え、DX対応では組織文化の疲弊や人材不足、組織や手続きの属人化といった課題が加わって、ソフトウェア・メインテナンスを難しくする。「将来の発展に向けて適切に修正する能力」の維持が要点という。

 SERCは現場目線でソフトウェア・メインテナンスにおける工学的アプローチを研究しているエンジニアの集まりなので、IT系メディアに散見される「既存システムを維持するパワーをDXレイヤの構築に注ぐべき」とする指摘はやや極論に聞こえるだろう。山本氏の講演/IPA「DX実践手引書」にもあるように、DXレイヤは外部共通基幹と既存の基幹系プラットフォームの上に初めて成り立つものだからだ。