As-Is分析をデジタル改革につなげるには
新型コロナ禍が喧伝される中、不動産賃貸業でも非接触型サービスの需要が高まっている――これは日本不動産ジャーナリスト会議(REJA、代表幹事:阿部和義氏)のZOOM研修会「賃貸不動産DXの最新動向」(講師:イタンジ株式会社代表取締役・野口真平氏)で得た情報を基にしているのだが、本稿の主題は受託系IT企業が「受託」の1本足打法から抜け出る手法にほかならない。イタンジのアプローチには、As-Is分析をカギカッコ付き「DX」(Digital Experience/Digital Exchange)につなげていくヒントが隠れているようだ。
イタジンの設立は2012年6月、資本金は3600万円、従業員数は約140人、主要業務は「一般消費者向け不動産サービス、不動産会社向けシステム提供とIT活用コンサルティング」とある。講師を務めた野口真平氏は同社のエンジニア、執行役員を経て2018年11月、イタンジがマザーズ上場のGAテクノロジーズに買収されたとき、創業者の伊藤嘉盛氏からバトンを受け継いだ。
同社は特定の産業領域に限定してWeb型ITサービスを提供する「テック」企業に分類される。ちなみに金融業務に特化すればフィンテック(Finance Technology)、行政分野ならガバテック(Government Technology)なので、同社が属するのは「不動産テック」となる。
どのようなサービス(プロダクト)かというと、不動産賃貸契約を電子化する「電子契約くん」、一般消費者が賃貸物件を探すのに便利なセルフ内見サービス「OHEYAGO」(オヘヤゴー)、物件内見の予約を管理する「内見予約くん」などがある。
これを使うと賃貸物件の掲載、入居者募集から入居者の更新・退去まで、オンラインで一貫処理できるようになる。サービス機能が個々に部品として提供されているのが、後述する《「DX」の作り方》のミソとなる。
Webに特化している点がコロナ禍に対応した非接触型サービスの需要と合致し、急速に契約件数を伸ばしている。同社によると、「賃貸不動産管理会社のサービス契約(システム導入)累計は1800店舗、今年1月の物件入居の申し込み件数は約3万件で1年半前の10倍以上に増えている」という。
特に利用が伸びているのが「OHEYAGO」で、不動産屋さんに行かなくていい、空室確認の待ち時間がない、最短で当日の30分後に内見できる、スマホでオンライン内見も可能といった点が、コロナ禍で好評という。
【関連情報】
■ イタンジ株式会社
■ 「街の不動産会社」の脱アナログを支援! DXサービスの新規開発・無償提供を発表 | お知らせ | オープンハウス・アーキテクト
■
https://it.impress.co.jp/articles/-/21106
不動産賃貸業にとっての「顧客」とは
「市場規模は大きいのですが、不動産業は他の産業に比べ、ITの利活用が大きく遅れている」
と野口氏は言う。
総務省が公表している産業別ICTスコア(情報通信技術の利用状況を指数化したもの)で不動産業は5.6。自動車・附属品製造業の9.5、生保業の7.5、建設業の6.7となっている。出典は「ICTによる経済成長加速に向けた課題と解決方法に関する調査研究」2012とやや古い数値だが、状況は大きく変わっていない。
多くの賃貸物件サイトの情報は、「町の不動屋さん」が発信している。同じ物件の情報が複数のサイトに掲載されるのはやむを得ないとして、その少なからずが「内見を申し込んだらすでに契約済だった」となると、サイトは信用を失うことになってしまう。多くの場合は最新の情報がリアルタイムでサイトに反映されないためで、それはFAXによるやり取りが要因となっているようだ。
「不動産会社さまにとって、借主は家賃を払ってくれるたいせつな取引相手ですが、10年も20年も続く相手ではありません。顧客はアパートやマンションのオーナーなのです。そしてそのオーナーの多くは年齢が高く、パソコンやスマホ、インターネットを使っていないか慣れていません」
イタンジがユニークだったのは、当初から「to C」(対コンシューマ)サービスに焦点を絞っていたことだ。ところが当初のサービスは、思うような成果をあげなかった。 「プロダクト、サービスを市場に適合させることができなかった」と野口氏は言う。「市場」とは不動産賃貸仲介業に共通する”目に見えない課題”と言い換えていいだろう。
「不動産会社さまは、オーナー様が使いやすいコミュニケーション・ツールを使ったほうが楽ですし、接触頻度が少ない借り手を後回しにしても次の集客には影響がありません。それが続いてきたためにITの価値が測れず、結果としてITを使いこなせない体質になっている」
そこで同社は、自ら賃貸物件仲介業務を行うことにした。エンジニアやマーケッターも、思考回路を切り替えないと現場に馴染まないシステムを作ることになる。機能が盛りだくさんで使いにくい、将来の拡張性を考慮しない等々だ。
賃貸業務の流れを体験することで自社のサービスの課題を発見し、改善につなげていく。同時にこれが同社の人材育成策、キャリアパスとなり、現在のプロダクト、サービスにつながっている。
押印の省略と重説の電子化が弾みに
並行して取り組んだのは賃貸物件仲介業務を「分解」することだった。業務処理システムの場合、現行の事務手続きとデータの流れ(誰が・何を・いつ・誰に・どうする)を分析し、解決すべき課題を探っていく。賃貸物件仲介業であれば、図1のようになる。
ここで触れておかなければならないのは、契約の電子化の見通しがついたことだ。まず昨年6月、政府は契約における押印の省略を容認した。併せて「重要事項説明書(重説)等の電磁的方法」つまりネット経由でのデジタル文書による交付を可能にした。
また、賃貸借の「電子契約」に関しては、2020年12月、内閣府の規制改革推進会議より、不動産契約を締結した際の契約書や重要事項説明書等の電子化を推進するため、宅地建物取引業法の改正措置を講じるという方針が発表された。
「賃貸のIT重説はすでに可能、契約の電子化に政府のお墨付きが出るのは目前という状況です。法人契約、自ら貸主、駐車場など宅建業法上問題のない契約では電子契約の導入を行っている不動産企業も多く、そちらに弊社の「電子契約くん」も利用されています」 という。
法的なハードルが解消すると、残るのは現場の実務を運用する上での課題ということになる=図2=。
どういうことかというと、契約に必要な法定文書は電子化でき、押印も省略できるようになるとしても、しかし現場の業務プロセスをただちに電子化できるとは限らないからだ。前例主義やこれまでの経験値、土・日・祝日、大安・仏滅といった生活のリズムは簡単に変わらない。加えて事業者独自の書類を作成したり確認する作業がある。
そこでイタンジは、仲介業者と借り手の接点で何が起こっているかを分析した。すると書類の記入、送付、差し戻し、専用フォームへの手入力、電話/FAX対応、ファイリングなどに時間を取られていることが炙り出された=図3=。
これでは賃貸仲介業はテレワークを導入できず、集客力が弱くなる。そればかりか、8割を超える「スマホから簡単に内見の申し込みをしたい」という若年層の要望に応えられず、ビジネスチャンスを失ってしまう=図4=。最大のポイントは、借り手=対価を払ってくれる顧客のニーズを最大限に取り込んでシステム化したことだ。
【補注】イタンジ広報担当者から
「ITANDI BBのユーザー数は約1,800店舗の管理拠点、累計約34,000店舗の仲介拠点で利用、ノマドクラウドは1,000以上の仲介拠点で導入、累計利用者(エンドユーザー)数300万人、OHEYAGO関連の数字は公開していないけれど、2020年12月と2021年1月の単月比較し、入居申込が2倍になっている」と追加情報があった。
続きは➡️コロナ禍で注目のWeb不動産賃貸仲介システム テック企業に見る「DX」の作り方(下) - IT記者会コラム 〜付随する業務をリバンドリングする〜