デジタルかアナログ・ガラパゴスか 目指すべきは「ブロックチェーン社会」(下)

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平井卓也氏のホームページから

手始めは580手続きをネット完結に

 平井氏ないし「デジタル庁」が取り組む「行政手続きのデジタル化」第1ステップは、現行の手続きを大きく変更することなく、オンライン/ネットで完結するようにすることだ。年間10万件以上の処理が行われる手続きがターゲットとなる。

 実は、そのための手立ても処方箋もできている。行政手続きのどこに問題があって、何をどうすればいいかが分かっていて、その措置に必要なツールも揃ってきた。7月17日に公表された「骨太方針2020」(内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2020」)がそれだ。

 どういうことかというと、総務省内閣府の調査で、霞ケ関23府省が所管する約4万6千の行政手続きのうち、1.2%の580手続きが年間総件数48億件の99%を占めていることが分かっている。オンライン/ネットで完結しないのは、対面型の申請主義と手書き書類を前提とした手続きモデルだ。

 その代表は申請者が本人であることを証明したり申請内容を裏付ける書類、本人が申請したことを確認する押印などだが、よく考えると「念のため」であることが少なくない。行政文書なら行政機関の間で確認してくれればいいのだし、三文判は100均でいくらでも手に入る。実は本人確認の役に立たないことが、やっと理解され始めた。

 ITシステムの問題では、コンピュータが処理できない「外字」が取り上げられる。コンピュータが処理できるのは文字に付されたコード(アルファベットと数字)で、コードが付いていない文字は「〓」で表示される。

 しかし、明治以来の手書き戸籍を網羅した約6万字種を1万字種に集約する漢字コード(MJ縮退文字)が完成している(ちなみに清・康熙帝の康熙五十五年(1716年)に成立した『康煕字典』の約5万字種)。また、デジタル手続き法で押印(ハンコ)の省略や対面型手続きの簡素化が可能になった。 さらに政府系ITシステムのクラウド基盤として、アマゾンのAWSを採用することが決まっている。

 カードの交付枚数は全国民の2割弱とはいえ、マイナンバーという認証ツールがある。 すでにオンライン/ネット対応ができている手続きはより一層のデジタル化を進め、未対応の場合は国(デジタル庁)が共通システムをクラウドに載せればいい。その場合、府省ごと、市区町村ごとにシステムを作らせないことが重要だ。 それこそ既存ITベンダーの思うツボで、個人情報保護にかかる「2000個問題」(国の機関、市区町村ごとに解釈が異なる)と同じ問題が発生してしまう。

「世界最先端」を実現するためにはビジョンが必須

 平井氏が「短期間で成果を出す」と自信を示しているのは、上記の第1ステップを視野に入れているからだろう。内閣府総務省に現行手続きの実態を調査させたのは平井氏だったからだ。

 自分が自分であることを証明するためだけに、役所に代わって住民票や印鑑証明、法人の登記簿や定款を運ぶ(しかも手数料を払って)ことがなくなるだけで、個人も企業も大助かりだ。その役に立つのなら、マイナンバーの価値がある。

 しかし現行手続きをオンライン/ネット完結に移行できたとしても、「世界最先端の」と形容するには至らない。「世界最先端の」にするためには、行政手続きそのものを見直さなければならないし、その影響は民間の経済活動や地域社会、家庭や個人の暮らしも及ぶ。つまりどのような社会を目指すのか、グランドデザインとマイルストーンが欠かせない。

 このほど設置された準備室は、「デジタル庁」という新しい入れ物をどう位置付けるか、法律と組織の整理が目的だ。関連府省からの選りすぐりなのは疑いないが、法律と組織のエキスパートであって、IT/デジタル施策の実務を担っている職員ではない。

 それはそのはずで、経済産業省総務省のIT/デジタル施策担当セクションに取材すると、「いずれは異動になるのかも」と腹を括っている一方、「どこまで本気なのかしばらくは様子見」という冷静(あるいは冷ややか)な声も聞こえてくる。

 筆者の観測で恐縮だが、デジタル庁は現在の内閣官房IT総合戦略室(IT室)が中核になるだろう。ここにはすでに民間出身で各府省にCIO補佐官として採用された有能な若手が集まっている。IT/デジタルに対する府省の姿勢によって凸凹があるのだが、彼らは常に意見を交換して連携を図っている。

 その横並びで経済・文化・社会・医療・教育・生活etcの専門家によるビジョン委員会、行革推進のため国・都道府県・市区町村の実務担当者の連絡会、若手の有能なエンジニアを集めたプロジェクトチームを配置する。ここで新しい社会・経済活動のための法制度とシステム設計、技術仕様をまとめ、調達業務(予算管理、入札・検修管理)を統括することになる。

 法令工学の視点に立てば、法制度が要求仕様と言うわけだ。さらに言えば、建設・土木系公共事業と同じように、調達の目安となるスキルと価額を設定してほしいものだと思っている。

 内閣情報通信政策監(いわゆる「政府CIO」)がデジタル庁長官に横滑り、経産省総務相にある既存のIT/デジタル施策担当セクションのうち法令関係部局はデジタル庁に異動、他の部署は所管領域の実情に合った施策を遂行する、ということになるのではあるまいか。

受けがいい「免許証や保険証もデジタルに」

  すでに議論の俎上に乗っているのは、健康保険証や自動車運転免許証のデジタル化だ。その他の国家認定資格・認証も同様だが、資格・認証というものは個人や組織(法人・団体)に帰属するものであって、証明書を携行することは必須ではないはずだ。

 実際、医師や弁護士、司法書士などは資格証明書を常時携行しているわけではない。飲食店が調理師免許や食品衛生責任者防火管理者の証を掲げているのは、来店客に安心を与えるため、つまり「見せる」ことに意味があるからだ。

 「見せる」ことに意味がある資格や認証は今のままで構わないが、自動車運転免許証を携行していないと軽犯罪に問われて罰金、というのはおかしいだろう。交通取締りの警官が専用端末で確認できるようにすればいいのだが、それが無理ならスマホにデジタル保険証、デジタル免許証を入れるようにすればいい。

 マイナンバーをキーに、ブロックチェーンで各種の情報(データ)をリンクさせる。ブロックチェーンは個々の情報(データ)を1つのかたまり(ブロック)として管理され、どのようなアクセスでどのような操作が行われたかが記録される。

 キーが解読されても複数のブロックが芋づる式に引き出されることがない。暗号技術や電子署名の組み合わせで不正な改ざんも防止できる。だからこそ電子通貨にブロックチェーンが使われるのはこのためだ。

 この技術を適用すれば、自衛隊や年金、森友疑惑などで問題になった公文書の偽造・改ざん、不当な廃棄が防止できるし、人為的ミスに基づく情報の流出も起こらない――と考えられている。そのようにするには運転免許証では警察庁国土交通省、健康保険証では厚生労働省、共通して法務省消費者庁などを巻き込まなければならない。

行革庁の新設も検討していいんじゃないか

 ところがそれは各府省にとって「縄張り」を侵害されることに等しく、警察や交通安全協会、医療診療事務代行業などの仕事を変えることになっていく。縦割りと既得権益、前例との戦いが待っている。だからこそ河野太郎氏の役割が大きい。

 向こう1年、平井氏が現行手続きのオンライン/ネット完結にメドをつけたとき、河野氏が縦割りと既得権益、前例主義の改革に必要な処方箋を練り上げる。そこには組織の再編や手続きの撤廃・統廃合が含まれ、それは地方公共団体や民間企業にも及ぶだろう。

 ただ、気になるのは河野氏が無任所の担当相ということだ。何かコトを起こそうにも、官僚の十分なサポートがない。「行政改革目安箱(縦割り110番)」は勇み足だったが、現状のままでは河野事務所の職員が国民の声を分析して仕分けすることになってしまう。それでは「公」の仕事にはならず、政策に乗せることができなくなる。

 「小さな政府」の理念と相反することになるが、「デジタル庁」と併せて「行革庁」を新設し、そこに民間から意欲的な若手を結集することも検討されていい。むろん何よりも菅首相がトップとして、陣頭指揮に立つ姿勢を示すことが重要だ。

 2022年以後、行革の処方箋とIT/デジタルの手立てが真の「デジタル改革」に結びつく。一気にデジタルの先端に踊り出るか、世界でも稀なアナログ・ガラパゴスの道を追究することになるか、いずれにせよ「これが最後のチャンス」なのは間違いない。