大手企業はデジタル化に前向きだがデータ活用は…… 「企業IT動向調査2020」速報値から見えてくるもの

「SAP、S/4HANAへの移行期限を2年延長し2027年末に、顧客の要望を受けて決定」(https://it.impressbm.co.jp/articles/-/19249)の記事が出て、エンタープライズIT界隈には「やれやれ」感が漂い始めた。しかし《2025年の崖》に執行猶予がつき、加えて新型コロナウイルスで「それどころじゃない」のであればこそ、DXを前進させる機会ととらえなければならないだろう。 

ところで、2月17日までに日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が「企業IT動向調査2020」速報値を3回に分けて公表した。第1弾は「IT予算」、第2弾は「デジタル化の状況」、第3弾は「データ活用の状況」だ。例年、速報値は第3弾までなので、今回はこれで終了と考えていい。

IT予算の増減は評価が分かれる

2020年度IT予算(予想)は、有効回答960社のうち「2019年度から10%以上増加」は15.4%(2019年度予想から5.9ポイント減)、「10%未満増加」は25.3%(同1.0ポイント減)だった。また「変わらない」は46.0%(同3.9ポイント増)、「10%以上減少」は5.4%(1.4ポイント増)、「10%未満減少」は7.8%(1.6ポイント増)となっている(グラフ1)。

2020年度予想と2019年度予想を見比べると、増加が6.9ポイント減り、そのうち3.9ポイントが「変わらない」に、3.0ポイントが「減少」に、それぞれ移動した。全体の高止まり率は△0.9ポイントなので、「IT予算は引き続き増加傾向」と見ることができる。

高止まり率:2019年度と2020年度の「増加」の構成比の差がどこに分配されたかを分析する。「変わらない」に分配された数値から「減少」に分配された数値を差し引くと、2019年度に「増加」と回答した企業が「変わらない」に移動した数値が出てくる。

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グラフ1

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グラフ2、3

売上高規模別に高止まり率△0.9ポイントの内容を分析すると、「売上高100億円未満」の△12.9ポイントが大きく貢献していることが分かる。「売上高100億円以上〜1000億円未満」は▲4.8ポイント、「売上高1000億円以上〜1兆円未満」は▲2.4ポイント、「1兆円以上」は▲1.9ポイントとなっている=グラフ2、3=。大手企業の高止まり率が一律に後退しているのをどう見るか、評価が分かれるところだろう。

活用しているのは業務・事務管理

それはそれとして、第2弾「デジタル化の状況」によると、売上高1000億円以上の大手企業257社の161社(62.6%)が「業務プロセスのデジタル化」に、109社(42.4%)が「商品・サービスのデジタル化」を実施しているという。

「商品・サービスのデジタル化」は価値の高度化・創出に結びつくと考えていい。また「業務プロセスのデジタル化」は業務の効率化・省力化によってコストの圧縮に結びつけるねらいがある。

下の図は「商品・サービスのデジタル化」を縦軸、「業務プロセスのデジタル化」を横軸に、回答をクロス集計して見える化したもの。四角の中の数字は、その面積が全体に占める割合を示し、面積が大きい順に色分けした(黄色は「両方とも実施中」、黒は「両方とも実施していない」)。

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デジタル化による価値の高度化・創出より効率化・省力化が先行しているのは売上高1000億円未満の企業と同じだが、デジタル化を実施している割合がほぼ2倍に近い。「大手企業はデジタル化に前向き」と言っていい。

ところが同調査の第3弾「データ活用の状況」では別の景色が見えてくる。

活用しているデータを調べると(グラフ4)、「基幹系」が69.7%でトップだった。以下、「管理業務系」59.6%、「業務支援系・情報系」54.6%、「Web・フロントシステム系」29.1%の順。

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グラフ4

業務データに偏重しているのは、つまるところ利活用しているシステムの多くが業務管理・事務処理系(ないしバックヤード系)で、それは20世紀型のバッチ処理ということをうかがわせる。「データを活用している」というより、日常的に管理業務にデータを使っているということではないか。

併せて興味深いのは「予定なし」の回答だ。36.3%の企業が「Web・フロントシステム系」データを、6割近く(単純平均57.5%)が非構造化データ・外部データについて、それぞれ「活用する予定がない」と回答している。DX推進にはほど遠い実態が浮き彫りになっている。

筆者注:残念なことに「デジタル化」は売上高規模別と業種別の2つで集計されているが、「データ活用」は業種別のみとなっている。しかも2019年版の速報値には載っておらず、経年変化を見ることができない。ここでは全体の傾向が売上高1000億円以上の大手企業にも適用できるとして稿を進める。

活用しているのは日常の管理業務、事務処理に必要なデータで、IoTやSNS、外部データを活用する予定はない。にもかかわらず、デジタル化の状況を見ると「大手企業は前向き」であるという。

データ活用の状況と照らし合わせると、商品・サービスのデジタル化を「実施している」と回答した背景には、大企業特有の事情がある。デジタル化ないしDXに向けて、事業部門ごとに個別の取り組みをしているのだ。

その取り組みは、PoC(Proof of Concept:有効性の検証)ないし試験的な実施段階と言っていい。「デジタル化の状況はどうですか?」と尋ねられれば、当然「実施していますよ」の答えが返ってくる。しかしたぶん、多くの実態は「トライアル中」なのだろう。

経営層や事業部門の理解・参画がないと

「企業IT動向調査2020」速報値第3弾「データ活用」(下グラフ)における課題の上位3項目(課題の1番目、2番目、3番目の合計)は、①データ分析・活用のための体制/組織の整備:44.8%、②データ統合環境の整備:42.5%、③人材(データサイエンティスト)の育成:31.8%となっている。

1番目を3点、2番目を2点、3番目を1点と重み付けすると、「データ分析・活用のための体制/組織の整備」は90.5点、「データ統合環境の整備」は95.1点、「人材(データサイエンティスト)の育成」は59.1点で1、2位が逆転する。また、「経営層または事業部門の理解・参画」が62点で第3位に浮上、「データ関連技術の習得や選択」が59.0点で人材の育成に肉薄する。

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グラフ5 データ活用のための課題

「整備」という言葉が目を引くのだが、よくよく考えると、いずれも「経営層・事業部門の理解・参画」があれば一気に前進するということだ。経営層が理解していないので、「費用対効果の説明」が総合8位にあがっている。

では、経営層・事業部門がデータの活用を理解し、主体者として参画するためには、どのような課題があるか、一つひとつクリアしていかなければならない。経営にITの利活用が欠かせないことはこれまでも繰り返し指摘されているけれど、IT予算を現在の何倍にも増やそうという動きは出てこない。

必要なのは「ITの理解」でなく「経営の責任」

このテーマで意見交換を行うと、しばしば耳にするのは「経営者がITを理解しない」という言葉だ。「だからこそ補佐役としてCIOが必要」となるのだが、CIO補佐やITストラテジストたちは「CIOの所管は本筋ではないので、結局、雑用係になっている」の嘆き節に落ち込んで、立ち上がることができなくなる。

取材で得た筆者のわずかな知識でいうと、実は経営者に「ITを理解しろ」というのが無茶な話なのだ。「それではあまりに情けない」のは事実だが、日本の経営者は経営方針を立てるのにITを使っていない。EBPM(Evidence Based Policy Making)ではなく、PBEM(Polisy Based Evidence Making)なのだ。

経営者の意思一つで動きが変わるのは従業員100人前後まで、それ以上になると事業部門を統括する役員の意思統一が必要になる。500人程度では経営者の統率力(トップダウンの威力)が左右する。分かりやすくいうと、叩き上げで創業したワンマン社長が「決めた」と言えば、役員は従う。

ところが大手企業になると、社長は役員の中から選任され、年功序列派閥力学が加わってくる。社の方針は合議で行われ、大口株主や主幹金融機関との調整が欠かせない。社長、事業部長といってもサラリーマンなので、波瀾なく任期を過ごせるに越したことはない。

経済産業省東京証券取引所と一緒に進めてきた「IT経営銘柄」が、今年から「DX銘柄」に衣替えする。DX推進指標、デジタル・ガバナンスコードなどは、経営者(経営陣)がDXの推進に責任を持つことを求めている。これは経営者に、「経営に責任を持て」と言っているに等しい。

冒頭に戻ると、《2025年の崖》に2年の猶予ができ、目の前には新型コロナウイルス問題がある。であればこそ、例えばテレワーク、キャッシュレス+無人販売を広げ、行政窓口をWebに置き換え、申請事務から手書きとハンコをなくし、遠隔診断や薬剤のネット販売+ドローン配送が実用化する。経営者が既存システムの棚卸しとデータの正規化を指示するのが「経営に責任を持つ」ということだ。