政府主導の「働き方改革」がスタートしたのは昨年4月。時間外労働の上限規制のほか、有給休暇の取得、勤務間インターバル、高度プロフェッショナル制度などが具体策だ。本来は無駄の削減と効率アップ、生産性と付加価値の向上で、就労者の就労環境や待遇の改善に向かうべきなのだが、「残業時間短縮」「有給の取得」に一目散のきらいがある。強制的に照明を消し、パソコンの電源を切っても、仕事を自宅に持ち帰ったりシェアオフィスでサービス残業では本末転倒だろう。真っ当な「働き方改革」を実現するITツールとは何か。
政府の広報が間違いの出発点
なぜ「働き方改革」が残業時間の短縮と有給休暇の取得に収斂してしまったのか。それを調べると、政府の広報に行き当たる。典型的なのは、中小企業庁のホームページ「中小企業も! 働き方改革」だ。
いわく「有給休暇5日取得」「時間外労働の上限」「同一労働同一賃金」――これが間違いの出発点だった。
どういうことかというと、①就労者に有給休暇を5日取得させ、時間外労働の上限を厳格に守らせる → ②なぜなら、そうしないと労働基準監督署の指導が入るからだ → ③しかし就労者に支払う給与の総額は増やせないし、発注量をこなすには超過残業労働を織込み済み → ④強制的に有給を取得させ、残業時間を制限するために、早朝・深夜でも就労する低賃金な臨時雇用を増やす。
このような玉突きが起こったのだ。
倉庫管理業で働いている知り合いに聞くと、「週休2日になったのはいいけれど、その分、給料が減った」という。働いた日数で給与を支給される日給月給制のうえ、残業も制限されてしまった。
政府が「働き方改革」を"目玉"政策に掲げたのは、若年就労者数の減少と国内企業・国内製品の国際競争力の低下に歯止めをかけるねらいがあった。海外から労働力と投資を誘引することでこの列島で住み暮らす人々の生活水準を向上し、ひいては国際平和に貢献する。
ところが現実は、仕事量が増えない、単価が上がらない。なのに人を増やしたのでは生産性のアップにつながるわけがない。この玉突き現象は結果として、就労者の賃金が下がり、日雇い派遣就労者が増加した。
見かけは失業率の低下・雇用の拡大だが、実際は正規雇用者と非正規雇用者を分断し、サービス残業を増やす結果になっている。
すぐロボット、AIに飛びつくのは下策
就労者を増やさず、残業時間を減らし、有給休暇をしっかり取るようにする。そのためには、受注する仕事の量を減らすか効率よく仕事をこなすしかない。
受注量を減らせば収益が減少し、雇用が失われるのでこの選択肢はナシとして、そうなると作業の手間をショートカットするか自動化する方策が講じられなければならない。
作業の手続きをショートカットし、手戻りの作業をなくす。それによって就労者1人が処理する量ないし質を1.1倍、1.2倍、場合によっては1.5倍にし、時短や休暇、給与につなげていく、ということだ。
「そのためにはITファースト」となるのは、ITに軸足を置くレポーター(筆者)の発想に他ならないことを認めたうえでだが、といってただちにロボットだ、AIだと騒ぎ立てるのは下策と言わなければならない。大企業ならともかく、中堅・中小企業が用意できる投資額には限度があるし、まして零細企業はそれどころではない。
さしあたって、多額の投資なしでそこそこの効果が期待できるITで思いつくのは、無線LAN(WiFi)対応の携帯端末だ。中古、型落ちのタブレットでもいいしスマホでもいい。作業場の限られた空間で音声や画像、メールが送受信できるだけで、作業の効率は向上する。
インターネットの無償サイトで作成したQRコードをラベルにプリントして、部品や工具、ダンボールの箱などに付けておけば在庫管理も楽になる。作業場に展開している就業者が保有する端末でQRコードを読み取ることで、例えば倉庫の作業では出入庫のミスが減るだろう。
家庭用給湯器設置業者の事例だが、故障した機器の写真と不具合の状況を本社にメールで送信するようにした。経験豊富なフィールドエンジニアが本社に控えていて、リモートで故障原因を判断し、その場で部品を手配する。
それだけで「あの業者は対応が早くて正確だ」と評判になって、新規顧客が増えた――という話がある。
端末の稼働状況がリモートで分かるということは…
家庭用給湯器の事例は、福井市在住のITコーディネータS氏の紹介で筆者が取材したものだ。10年以上も前なので、端末はフィーチャー・フォン(いわゆるガラケー)だし、故障診断のために新規に導入したものでもない。「ガラパゴス」でも、使い方一つでスマホ以上の働きをする。
まして現在のタブレットやスマホは、GPSで携行者の位置を知らせてくれる。専用のソフトウェアを入れておけば、電源や特定アプリのOn/Offも分かる。就労者に配布した端末がいまどこにあって、何をしているか、クラウドを介して検出するMDM(Mobile Device Management)ツールがあれば、労働集約型の作業場では事務連絡だけでなく、就労者の労務管理、事故の回避に役立つだろう。
携帯端末の範囲を拡大すれば、個体を識別するICチップでも構わない。そのICチップをヘルメットや作業用のユニフォームに仕込んでおけば、造船所や製鉄所など広域な工場内で、所属企業が異なる様ざまな職種の就労者の作業状況や入退場の管理に活用できる。IoT型MDMと言っていい。
MDMの考え方はしばしば、知識集約型ないし事務系業務における「どこでもオフィス」と同義であるかのように扱われる。対象として引き合いに出されるのは、自宅で仕事をしても業務に支障がない弁護士や税理士、AIやビッグデータ分析の専門家……ばかりでなく、外出しないことには仕事にならない営業マンや保険の外交員、フィールドエンジニア、IT関連ではシステムエンジニアやプログラマなどだ。
労働集約的な職場にもMDMの考え方が有効なことは、すでに書いた。M2M/IoTに対応する監視カメラやセンサーと組み合わせれば、ひょっとすると知識集約型ないし事務系業務におけるMDMより効果は大きいかもしれない。就労者の身の安全を確保することにつながるからだ。
これに対して知識集約型ないし事務系業務におけるMDMは、「どこでもオフィス」を実現するうえで必須ではない。どちらかというと端末の紛失や盗難、不正使用やデータ漏洩に備える意味合いが強く、就労者にとっては「仕事をちゃんとしているか、管理/監視されている」の意識が前面に出る。知識集約型職種の就労者は、内心で反発するかもしれない。
GAFA+Mが無料でMDMサービスを提供したら
数多くの「MDMツール」が提供されている。そのうちユーザー数を示しているのは、ITトレンド「おすすめのMDM比較11選! 導入が上手くいく選び方・注意点とは?」(https://it-trend.jp/mdm/article/160-0002)によると、ペネトレイト・オブ・リミット(佐武伸雄社長)のMobiControl(開発はカナダのSOTI社)が「世界170か国15000社以上」、オプティム(菅谷俊二社長)のOptimal Bizが「35000社以上」、MobileIron EMEA社のMobileIro nが「17000社以上」、米VMware社のAirWatchが「世界150か国16000社以上」、エムオーテックス(河之口達也社長)のLanScopeAnが「10000社以上」といったところ。
各社の公表値と若干の相違があるのは、タイムラグやカウント方法の違いによると思われる。ともあれ、世界規模でのユーザー数がこの程度(5製品で約10万社)とすると、MDMが本格的に普及するのはまさにこれからだ。普及の過程でM2M/IoT型に適応する製品もあるだろうし、さらに「どこでもオフィス」を追求する製品もあるに違いない。
ところが、MDMの需要が本格的に高まれば、GAFA+Mが無償のサービスとして提供し、その代わりに端末保有者(個人)ないし端末配布者(事業者)の動静や関心事などのデータを取得しようとするに違いない。サービスを利用する前提として会員登録を行えば、それがキーとなってどのような検索ワードを入力したか、どのサイトにアクセスしたか等々がCookieで収集されていく。
欧州におけるCookie規制の動きもあって、GAFA+Mがその情報を無制限に第三者提供することはないにしても、それぞれが自社の事業に活用する可能性は十分に予想される。無償となれば、有料の製品をあえて使用するユーザーは限られる。単純なMDM機能はそれ以上の付加価値を持つことがない。 そこで想定されるのは、MDMツールがPSAを志向するということだ。
プロのノウハウ・技能をシェアする
PSAはまだ日本では馴染みがない。「Professional Service Automation」の頭文字を取った略称で、プロの技術・技能・知識を時間単位でシェアする考え方を指す。
実は筆者も昨年10月、インプレス「IT Leaders」主催のセミナーで初めて知った言葉だ。「働き方改革」のなかで脚光を浴びた「副業OK」の動きとリンクする。
ITエンジニアの働き方になぞらえると、システム・アーキテクトやデータ・サイエンティスト、もちろんシステム・エンジニアでも構わないが、「月額○○万円」の人月契約で特定のプロジェクトに縛られるのでなく、弁護士や公認会計士のように、時間給×就業時間で対価を得る仕組みだ。
人月単価方式は頭数の計算だが、時間給方式なら技術・技能・知識の対価――とは言い切れないにしても、複数のプロジェクト/ユーザー企業をかけ持ちしたり、本業と副業、休憩にかける時間を切り分けできるメリットがある。
エンジニア個人にとってだけでなく、彼・彼女が所属する企業にとっても専門技術者を複数のプロジェクトに使い回せるメリットがある。 そのとき威力を発揮するのがMDMツールだ。
エンジニアがどこで何をしていたか、端末から送信された情報で管理できるので、プロジェクトの進捗状況に合わせたスケジュール編成が可能になる。エンジニアも自分の都合で仕事をしたり休んだり、「次」のための研修を受けることができるだろう。
「働き方改革」の裏を返せば「働かせ方改革」なのは言うまでもない。MDMがPSAと融合したとき、本末転倒の「働き方改革」を真っ当な「働き方改革」に引き戻す有力なITツールになるといいのだが。