情報サービス産業協会(JISA)が7月1日付で刊行した『情報サービス産業白書2019』(発行所:(株)インプレス)は、「ITエンジニアの働き方改革」と題し、会員企業の従業員個人へのアンケートで《ワクワクする働き方》を調べている。ここしばらく、寄贈していただいた記憶がなかったので、なんとなく新鮮な感じがした。
「大手に都合のいい机上の空論を羅列しているのかもしれないが、あとで読んでみよう」と思ったのは、かねてから「JISA会員企業の実態と、受託型ITサービス業全体像と比較し、その相違や乖離の理由を語るべき」と主張してきたからだ。「やっとやったか」の思いが強かった。
本気で調べるつもりがあったのか
それで読み始めたのだが、第2章《ITエンジニアにとっての「ワクワク醸成要因」》(小曽根由実氏:みずほ情報総研)の出だしでガックリきた。
JISA働き方改革宣言では第3フェーズに「『ワクワク』の追求」を掲げており、今後の情報サービス産業において「ワクワク」は一つの鍵になるものといえる。
はいいとして、「JISA働き方改革宣言」そのものの検証が行われていないのだ。
そもそも「JISA働き方改革宣言」は《ソフトウェアで「!(革命)」を》と銘打った『JISA Spirit』がベース。公表された当時、産業界から失笑を買ったのは、
「所詮、下請け人貸し業のソフト会社が革命とはちゃんちゃらおかしい」
だった。
ビジネスモデルの再構築や業務プロセスの再設計まで視野に入れた広義の「ソフトウェア」を意味しているとは思えない。
さらにガックリきたのは「1.本調査の概要」だった。
まず「(1)調査対象」では
「働き方改革宣言企業」88社およびJISA理事会社47社(計96社)」に勤務する、直接雇用のITエンジニア(無期労働契約締結者)である。
とある。なぜ「働き方改革宣言企業」88社およびJISA理事会社47社」に絞ったのか。その理由が説明されていない。
次に「(2)調査の方法」は「Web調査(匿名)」だが、
社内セキュリティの観点からWeb調査の実施が困難な場合は、JISAにご連絡いただいたうえで、JISAから調査票(エクセルファイルあるいは紙面)を発送した。
とある。
なぜ「働き方改革宣言企業」88社およびJISA理事会社47社(計96社)」なのか、というモヤモヤ感はあるものの、96社に勤務する正規雇用のITエンジニアは数十万人だ。ちなみに筆者が2001年度から継続調査している上場IT関連企業業績調査で、3月期決算の受託系ITサービス業91社の正規就業者数(2019年3月末現在)は33万6千人。
にもかかわらず、「(3)回答状況」を見て愕然とした。
回答者数は4755人(企業数60社)、有効回答は4228人(企業数47社)である。
えッ
目が点になった。
有効回答は1社当たり89.95人。無効になった13社は1社当たり40・53人だ。
「本気で調べるつもりがあったの?」
と言いたくなる。
実態は「やる気」と「楽しさ」のクロス集計
調査では《ワクワク感》を「やる気」「楽しさ」と定義している。
一概にはいえないが、それって技術者としての成長や生活とのかかわり、つまり《充実感》ではないか。《ワクワク》といえば未体験ゾーン、未知との遭遇だろう。言葉が実態から離れている。IT関係者が哲学を語らなく(語れなく)なって久しいことを思い出す。
4228人の回答は、「ワクワク感Max」243人(5.7%)、「ワクワク感がある」1602人(37.9%)、「やる気あるが楽しくない」573人(13.6%)、「やる気はないし楽しくない」868(20.5%)。4割超が「ワクワク感がある」はちょっと意外だった。
しかし「ワクワク感Max」とはどういうことだろう。アンケート用紙ないし設問を見ていないのだが、たぶん「やる気」と「楽しさ」をそれぞれ4段階でチェックしてもらう形だったと推測できる。すると「やる気満々、楽しくて仕方がない」という状態を指すのだろうが、いつもそんな興奮状態だとすると、それはくしろ「ちょっとおかしい」のだ。
「つらいこともあるけれど、夢中になって取り組める」なら分かるし、「ミッションを実現するまで頑張る」なら生身の声だろう。「やる気はあるが楽しくない」「やる気はないし楽しくもない」の方がよほど信じられる。つまり「ワクワク感Max」は多分に作られた声、ないし会社(経営者)を意識した「忖度」に近い。
もう一つ、この種の調査は見方一つで結論が違ってくる。
集計に漏れている「その他」942件(23.3%)は無視できない。調査方法を調べると「楽しさ」「やる気」の4段階クロス集計だった。「やる気はないけど楽しい」「やる気はあるけど楽しくない」という回答もあった。23%超の意見が「その他」に一括りにされているのは、データの取り扱いとしてどうなのだろう。
4割は「しょうがないからやっている」
再集計すると、表のように「やる気がある」と「やる気がない」は6:4、「楽しい」と「楽しくない」は半々だった。「やる気」は「仕事への意欲」、「楽しさ」は「成長感」と言い換えていいので、「意欲はあるけれど、仕事で成長感は得られない(充実していない)」が計623人(14.7%)もいるわけだ。
この表から読み取れるのは、受託系ITエンジニアの4割が「しょうがないからやっている」「でも頑張っている」という実態ではないか。《受託型ITサービスの仕事はワクワク感があるはずだ》という前提(『JISA Spirit』を否定しない建前)に立つのではミスリードにつながる。
とはいえ「やる気があって成長感がある」が2011人(47.6%)いるのも事実である。どんな会社でどんな仕事に就いているのか興味があるところだが、調査レポートに具体的な情報はなかった。
ただ抽象化されたプロフィールを見ると、「ワクワク感Max」243人の37.9%が課長以上の管理職で、プロジェクトマネージャーを務めている人が45.3%だった。
「ワクワク感Max」24 3人の属性を見ると年齢は40代前半が23.0%(全体は19.0%)で最も多く、勤続年数の中央値は14.5年(同14.6年)、経験年数の中央値は15.6年(同15.0年)、DXプロジェクト経験者は30.5%(同11.9%)だった。
また職位を見ると、「ワクワク感Max」243人は「部長・次長クラス」が14.0%(34人)、「課長クラス」が23.9%(58人)、「主任・係長クラス」が28.8%(70人)、「一般社員」が33.3%(81人)。
「やる気はなく楽しくない」365人の内訳は「「部長・次長クラス」が4.1%(15人)、「課長クラス」が15.4%(56人)、「主任・係長クラス」が36.9%(135人)、「一般社員」が43.2%(158人)。
職位構成比がなぜこのように違うのか、である。
本調査で明らかになっている経験年数とワクワク感の相関関係で、入社1年目は「ワクワク感」を感じるのが65.8%と高いが、2年目から5年目にかけて漸減し、5年目になると35.7%まで低下している。その結果とどのような関係があるのかも考察するに足りる。
ここで重要なのは、「やる気はあるが楽しくない」14.6%(614人)、「やる気はなく楽しくもない」37.7%(1594人)。合わせて51.3%の人の意欲を高め、仕事を通じて充実感を感じられるようにするのが業界(企業経営者)の務め、ということだ。
取引ポジションで「認識」が変わる
「ワクワク感Max」層と「やる気はあるが楽しくない/やる気はなく楽しくもない」層で大きく違うのは認識。具体的には、担当しているプロジェクトの意味合い(創造性、社会的役割、先進性)の理解、時間配分の決め方の自由度、役に立っていると実感できるかどうか。
「担当プロジェクトの難易度が高い(なので意欲が湧く)」は「ワクワク感Max」層の30.0%、「ワクワク感あり」層は13.1%、「やる気はあるが楽しくない」層は12.9%、「やる気はなく楽しくもない」層は13.9%。「ワクワク感Max」層が突出している。
「担当プロジェクトは新しいものを生み出している」は「ワクワク感Max」層の40.3%、「ワクワク感あり」層は12.7%、「やる気はあるが楽しくない」層は6.1%、「やる気はなく楽しくもない」層は6.1%。ここでも「ワクワク感Max」層が突出している。
「担当プロジェクトは社会的意義が大きい」は「ワクワク感Max」層の45.7%、「ワクワク感あり」層は19.6%、「やる気はあるが楽しくない」層は16.6%、「やる気はなく楽しくもない」層は13.9%。「ワクワク感あり」層は何にワクワクしているのか。
「担当プロジェクトは最先端の技術を用いている」は「ワクワク感Max」層の30.5%、「ワクワク感あり」層は7.0%、「やる気はあるが楽しくない」層は2.1%、「やる気はなく楽しくもない」層は2.9%。取引ポジション(元請け、下請け)の関係が現れているのではないか。
社会を変革せずして「ワクワク」といえるか
「担当プロジェクトで自分の役割が明確」は「ワクワク感Max」層の65.0%、「ワクワク感あり」層は27.8%、「やる気はあるが楽しくない」層は18.5%、「やる気はなく楽しくもない」層は11.9%。元請け、下請けのリーダー、一般職と考えると納得できる。
「自分の裁量で仕事の進め方や時間配分ができる」を見ると、取引ポジションの相違がくっきり出る。「ワクワク感Max」層が64.6%だが、「ワクワク感あり」層は27.3%、「やる気はあるが楽しくない」層は15.2%、「やる気はなく楽しくもない」層は12.3%。
以下、すべての項目で「ワクワク感Max」層が突出した数値を示している、「ワクワク感Max」と数値の高さはニワトリとタマゴの関係にあるのだろう。リーダー人材3%の理論でいえば「ワクワク感Max」層が5.7%というのはずいぶん甘い数字にも見える。
ここで注目していいのは、担当プロジェクトに関する個人の感想ではない。「自社」の体制を見て欲しい。ここに回答者が所属する企業の特性が端的に現れている。
「必要な技術や知識の学習機会」「最先端技術の学習機会」「キャリアパスの提示」のすべてで「ワクワク感Max」が群を抜いて高い。学習機会が多く与えられているのは収益に余裕がある企業だし、キャリアパスが提示されるのは組織的に体系だった人材育成策が講じられている企業であることを物語る。
つまり「ワクワク感Max」層は取引ポジション上位企業(元請け的ポジション)、「ワクワク感あり」以下の「頑張っている」層は取引ポジション下位企業(下請け的ポジション)ではないか。そのように仮定すると、多くの事象が腑に落ちてくる。
データ分析を行った小曽根由実氏(みずほ情報総研)は「やる気はあるが楽しくない/やる気もないし楽しくない」層を「ワクワク感あり」に移行する方策としてエンジニアの技量や知識に応じた仕事のアサイン、密なコミュニケーション、上司や顧客の理解促進などを挙げる。
また中田喜文氏(同志社大学教授)は「ワクワク度決定モデル」を考察しつつ、
残業時間は不満を高める要因であっても、それを減らしてもワクワク度には結びつかない
と指摘、エンジニアのクリエイティビティを生かす場を作ることの重要性を提唱する。
中田氏は「ワクワク」の定義から入ったのに、「やる気+楽しさ=充実感」に過ぎないことに目をつむったようだ。AI/データサイエンスなどに短絡せず、デザイン思考やXxTechといったビジネス創出、社会変革に関連する設問がないのに、なぜ「ワクワク」と言えるのだろうか。
結局は「取り組んでますよ〜」のアリバイ作り
小曽根氏、中田氏の指摘をすべて否定するものではないが、
派遣での働き方(言われたこと以外はするな)
という業界の問題は一切触れられていない。JISA提供のデータに限定したのだろうけれど、そもそも47社4228人と実効性が大いに疑わしい回答件数なのだから、業界を俯瞰した分析があって然るべきだった。
総じていえば、本白書における「ITエンジニアの働き方改革」調査は、受託型ITサービス業の本質的な問題を全く理解せず、いい加減な数字を弄んで「働き方改革をやっていますよ」と主張する「アリバイ作り」に過ぎない。
この調査のために、JISAはいくら使ったのか。
要するに
バカにするな。
である。
こうなったら、JISAは解体したほうがいい。