ソフトウェア ・エンジニアリング研究の最前線 スウェーデンで開催された国際週間に見る(2)

<span class="deco" style="font-weight:bold;">ISERN2012</span>
 ISERNはソフトウェア・エンジニアリングの研究者がその所属組織と合わせて登録されるクローズの研究者ネットワークである。1組織から代表、副代表の2人まで登録可能で、入会には初年度会合に参加し自己紹介、次年度候補者として参加し短いプレゼンテーション、その後会員の投票により多数の承認を得て3年目から会員となる。2回連続して年次会合に欠席すると退会となる。会費はない(年次会合への参加費は必要)。
 奈良先端科学技術大学院大学奈良先端大)・鳥居宏次教授(元学長,現名誉教授)ら6人の有力研究者で発足してから20年、現在約20ヶ国60人程度で構成されている。日本からの参加は奈良先端大など現在6組織になる(※1)。ISERNの目的は文字通り実証的なソフトウェア・エンジニアリング研究者のネットワークでマニュフェストの形で公開されている(※2)。
 ISERNという組織は何に利用しても良く特段の制限はない。メーリングリストや専用のWebサイトが運用されている。事務局はドイツのフラウンホーファ財団が運営する実験的ソフトウェア・エンジニアリング研究所(Institute of Experimental Software Engineering:IESE)に置かれている。毎年各国持ち回りで年次会合が重ねられて来た。これまで第1回と第10回の会合が奈良で開催されている。
 年次会合は2日間開催されるが、一般的な国際会議のように基調講演や論文発表は行われない。もっぱらワークショップ形式の討論とその成果としての簡単なドキュメント整理が行われ、その間に研究者同士の様々な交流が行われるのが特徴だ。
 ※1: 奈良先端科学技術大学院大学大阪大学、(株)NTTデータ、(独)宇宙航空研究開発機構、有人宇宙システム(株)、(独)情報処理推進機構
 ※2: http://isern.iese.de/Portal/mod/page/view.php?id=10
 ※3: Akito Monden, Tomoko Matsumura, Mike Barker, Koji Torii, and Victor R. Basili, “Customizing GQM Models for Software Project Monitoring”, IEICE Transactions on Information and Systems, Vol.E95-D, No.9, pp.2169-2182, September 2012

<span class="deco" style="font-weight:bold;">ISERN2012に見るトレンド</span>
 これまでISERNというコミュニティは20年にもわたって何に活用されてきたのだろうか。それには3つの役割があったように見える。1つは研究者の活動のベースとなる「コンセプト固め」である。単独の大学や研究機関のレベルでは限界のあるソフトウェア・エンジニアリングに関する基礎的なコンセプトについて熱心な議論が続けられてきている。例えば,奈良先端大・ソフトウェア工学研究室の門田暁人准教授は、ISERN創設メンバーの一人である米国・メリーランド大学V.R.Basili教授と、ソフトウェア・プロジェクトにおけるモニタリングの基本概念について議論を重ねてきており、その成果の一部は今年、電子情報通信学会英文論文誌にて発表されている(※3)。
 2番目は「国際的な研究者の「人事」あるいは「キャリアパス」の構成」である。多くの研究者は特に若いうちはその活動範囲を自国一国内にとどめることなく、いわば「国際社会に就職」した形で各国の大学や研究機関を移りながらそのキャリアを積んでいく。
 ISERNのような組織はそのための「アピール」あるいは「採用」のための情報交換の場となっている。何回かこの年次会合に参加し、参加者の動きをフォローしているとコミュニティのこうした機能がよく分かる。例えば、奈良先端大は、やはりISERN創設メンバーの一人であるMarkku Oivo教授が所属するフィンランド・オウル大学との間で、博士後期課程のダブルディグリー制度を2011年に立ち上げ、合わせて相互に学生のインターンシップ派遣を始めるなど、ISERNを国際社会で活躍できる人材の養成に活用している。
 そして3番目が「国際間の共同研究形成の場」で、これがもっとも重い意味を持つようである。こうしたネットワークでお互いの研究的な関心、力を知り、さまざまな国際的共同研究を組織するきっかけとなっている。
 今回の会合でもISERNのこうした機能のいくつかが明らかになった。まず共同研究の活発化である。従来の会合でも、集まった研究者同士のネットワークを図示する試みは行われてきたが、その具体的な研究ネットワークの形成は、個別に、いわば非公開で進められていた。これらの共同研究の推進は研究の結果として各組織共著の学術論文が発表されるようになってから初めて知ることが多かった。今回これに関して、新しい試みが行われた。
 具体的には、一つは現在進行中の共同研究を紹介するプレゼンテーションだ。
 もう一つは、これから共同研究パートナを募集するテーマについて参加を呼びかけるポスターセッションと短いプレゼンテーションの実施である。前者として7プロジェクトの発表、後者に16テーマの呼びかけがあった。筆者も後者の一つに参加した。

 

筆者略歴 みたによしき: 1973年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、電電公社、NTT、NTTソフトウェア(株)を経て、2003-2011年奈良先端大研究員/非常勤講師、2004−2010年IPA/SEC研究員。2010年から現職。奈良先端大博士研究員、IPA/SEC専門委員を兼務。博士(工学)。

(神谷芳樹のオフィシャル・エッセイ)