Who Moved Whose Petroleum ?

 5月13日、ベトナムで残念な事件が起こった。ピンスオン省をはじめ、中国関連企業が集中した4省にわたる大規模な反中暴動が発生した。中国企業だけではなく、シンガポール系、韓国系、日系、そしてフランス系企業にも被害が及んだらしい。


 ウォール・ストリート・ジャーナル(中国版)では、ある台湾企業のCFOの“その日”を記録している。それによると、13日午後12:30から14日午前2:00にかけて、その工場が5回ほど襲撃された。襲撃者は小型バイクに乗ったベトナム人だった。

 1回目 午後12:30〜午後1:00 工場の正門が壊され、すべてのベトナムスタッフが直ちに工場を離れように要求された。よって、本人の意思で残ることと決めたベトナム籍マネジャー(4名)を除き、他のベトナムスタッフが工場を出た。
 2回目 午後1:00〜2:00 襲撃者が再び工場に入り、金属棒や木製棒などの武器を使い、窓やガラス、家具等を壊した。
 3回目 午後3:00〜6:00 平穏な1時間が経った後、襲撃が再び開始。もっと多い参加者に侵入され、パソコンのモニターをはじめ、携帯や他にお金になれるものがほとんど盗み出された。夜になって、1階にはお金になれるものがなくなったから、3階のサンプルルームも侵入され、すべてのサンプルが持ち出された。
 4回目 午後7:00〜8:00 参加者が中国人の捜索を開始したため、台湾籍のスタッフ6名がベトナム籍スタッフの協力の下で、ホーチミン市へ逃げ出した。
 5回目 午後8:00〜翌日午前2:00 ベトナム籍スタッフの話によると、工場の中のほとんどが盗まれた後、火が付けられた。翌日午前2:00まで、工場の90%が燃やされた。死傷者や財産の損失はまだ統計されていないが、少なくとも、その時点で、死者1人、負傷者2人が出た。 

 この記事を読むと、中国での反日暴動が思い出される。
 民衆のデモ行動が許されることは、文明社会の象徴として、広く知られている。しかし、他人の物や命を奪ったりすることは決して許されることではない。
 この世の中では、暴力手段を使わないと直ちに改善されることは少ないかもしれない。だが、一般人を無理やり犠牲にしたのでは正義も何もない。テロリストと同然だ。

 言うまでもなく、ベトナムでの連日反中デモの引きがねとなったのは、南シナ海で中国による石油の掘削作業である。
 よく教科書やメディアで、中国の人々は「南シナ海は昔からの中国の固有領土だ」と教えられる。ベトナムの人々も似たようなことが教えられただろう。 
 その教えは正しいかどうかはともかく、小さい頃から何回も、いや、何百回も叩き込まれた教えなので、真実だと信じ込むのは当たり前だ。
 100%自由な国は憧れだが、100%自由な国はかつて存在したことがない。一つの国を維持するには自由だけでは持たない。だから、どの国でも思想統制言論統制が存在する。ただし、国によって、その内容や自由度などが違う。

 本題に戻るが、「中国の昔からの固有領土」という言葉を信じ込む人は大勢いるかもしれないが、少なくとも、筆者やまわりの友達何人かは納得できていない。昔は中国という概念もなかったし、政権は何十回も交代した。「固有領土」とはどこから来たものだろう。 
 「南シナ海が中国の領土」の根拠が希薄なものであっても、同じように「ベトナムの固有の領土」という根拠はどこにあるのだろうか。その根拠は今のベトナム政権が捏造したものではなかろうか。 
 領土は資源に繋がる。資源が多く持つ国は長く持つ。だから、アメリカがどんなに正義を語っていても、イラク戦争は石油が欲しかったからだろう。
 100歩をゆずって、南シナ海は中国のものではなく、石油資源をねらっているとして、それをしているのは中国政府で、一人一人の中国人ではない。このことは理解してほしい。

 中国国内のガソリン価格が暴騰しつつある中、南シナ海から掘り出した石油で我われ一般民衆の懐にお金が入ってくるわけではない。今回の暴動で亡くなられた人はもちろん、その家族はどれだけ傷付けられたか。
 ベトナムで反中デモはとりあげず収まったようだが、燃やされた中国系工場が復旧するにはだいぶ時間がかかる。その上、ベトナム進出予定の会社が撤退することになるかもしれない。実際、ベトナムへのツアーは完全にストップしている。
正直に言うと、領土等の政治問題は一般民衆が語る問題ではないと筆者は考えている。世界経済が一体化している今、今回の事件でどちらが損をしたか、どちらが得をしたかという問題ではないのだろう。 

アクセスカウンター