ソフトウェア ・エンジニアリング研究の最前線 スウェーデンで開催された国際週間に見る(4)

GQM+Strategyを例に、共同研究呼びかけの一部を紹介する。
 GQM+Strategyは、このコミュニティの要になる指導者の一人であるVictor R.Basili メリーランド大教授が提唱した考え方を発展させたものである。GQMとは「ゴール」を設定し、これを「問い」に分解し、さらにそれに答える「計測」に分解する考え方である。この考え方をプロセス改善につながるように発展させたのが、Basili教授のもとで研究したドイツのDieter Rombach博士だった。氏がドイツに戻り、フラウンホーファ財団実験的ソフトウェア・エンジニアリング研究所(IESE)を設立、主宰してGQM+Strategyに発展させ、今日ではIESEの商標として登録されている。日本では、IESEと発足以来の連携関係にあるIPA/SECがこの手法の研究と普及を行っている。
 ここで、ドイツ、フラウンホーファ財団IESE出身でヘルシンキ大学教授のJurgen Munch教授は、教授のヘルシンキ大学とおなじフィンランドのオウル大学、IESEおよびIESEアメリカで「GQM+Strategy研究コンソーシアム」を組織している。ここから次のようなの呼びかけが行われた(要旨)。
 「GQM+Strategyは、GQMを発展させて、その可視性と組織目標への連結性を高めた。これまでに成功事例や評価ツール、そして出版物などの成果を積み重ね、またPhDも輩出してきた。この先の研究課題として、GQM+Strategyに関するモデリング、プレゼンテーション、応用、バリュー分析、インテグレーションなどがある。
 共同研究として希望するのは,将来のテーマに関するジョイント・リサーチ、経験の交換、異なった領域でのGQM+Strategyの評価、産業界での共同のケーススタディ、共同の論文やワークショップ、等々」である。
 ソフトウェア・エンジニアリングの基礎となるコンセプトに関する議論では、これまで代表的な議論として実証的ソフトウェア・エンジニアリング研究ロードマップEmpirical Software Engineering Research Roadmapというのが議論されてきた。そのベースはダグステゥール会議と言って、2006年にドイツのダグステゥールにある研究施設に主な研究者が集まり、合宿状態でまとめた文書にある。
 これは実証的ソフトウェア・エンジニアリングの研究領域を大きく、インパクトImpact、理解Understanding、カバー範囲Coverage、成熟度Maturityの4領域に分け、さらに細分化して合計9つの評価軸をつくり、ここに現在(2006年)、5年後、10年後の時間軸を設定して、その上に研究項目上のキ−ワードをマッピングしたものである。9本の軸を放射状に結んだため蜘蛛の巣状のマップとなっている(※4)。

※4: V.R. Basili, H.D. Rombach, K. Schneider, B. Kitchenham, D. Pfahl, and R.W. Selby, (Eds.), Empirical Software Engineering Issues: Critical Assessment and Future Directions, LNCS 4336, Springer, 2006.
Richard W. Selby, Empirical Software Engineering Research Roadmap, Discussion and Summary
http://www.esem-conferences.org/2007/docs/DagstuhlSummary.pdf
 こうした研究上のキーワードについてはこれまでも非常に熱心な議論が行われてきた。その議論はより直接的には、大学のカリキュラム構成、そして大学や研究所の予算確保やプロジェクト設計の基盤につながっていくように見える。この作業領域で今年は次の2つの議論が活発に行われた。
 1)Top Ten Unsolved Problems in Empirical Software Engineering: The Voting:実証的ソフトウェア・エンジニアリングにおける未解決問題トップ10の投票

 読書リストは主に教育用のもので、昨年カナダのバンフ(アルバータ州)で開催された会議からの継続作業となっていた。今回幹事から下案が配布され、その文献の整理法が熱心に議論された。また、新規文献の提案と既存リストへのコメント提出が宿題になった。
 ここでは文献のリストアップと共にその分類整理法が課題となる。下案の文献リストは全部で60件、影響力のある論文Seminal papers、モダンな論文Modern papers、書籍Books、に分けられ、さらに次の9分類にまとめられていた。(和訳を添えたが、ほとんどそのままのカタカナになった。)
 ●Controlled Experiment:コントロールド・エクスペリメント
 ●Case Studies:ケーススタディ
 ●Surveys:サーベイ
 ●Metrics(GQM):メトリックス(GQM)
 ●Quantitative Methods:定量的メソッド
 ●Process Improvement:プロセス改善
 ●Replication:レプリケーション(再現)
 ●Systematic Literature Reviews:システマティック文献検索
 ●Ethics:倫理
 類似の作業としては以前からIEEE Computer Society の大規模なSoftware Engineering Body of Knowledge(SWEBOK、ソフトウェア・エンジニアリング知識体系)の話があるが、ここではおかまいなく、この研究コミュニティの関心に的を絞った議論がすすめられている。
 ここでセッション幹事から図のような全体のコンセプトが示され、これについて熱心な議論が行われた。そして議論を反映した改訂版の提示が幹事の宿題となった。たとえばGQMの位置づけなど大いに議論があり、改訂版は相当な変更になる模様である。
 定量データの収集と解析、定性データの収集と解析,その上にCase Studyが位置するなど筆者の従事しているIPA/SECの「ITプロジェクトの見える化」施策の考え方と似たところがあり興味深かった.
 このようにISERN2012では、国際的な共同研究のきっかけを作ろうという熱意と、いつもながらの継続したコンセプト固めの作業が印象的だった。
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筆者略歴</b> みたによしき: 1973年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、電電公社、NTT、NTTソフトウェア(株)を経て、2003-2011年奈良先端大研究員/非常勤講師、2004−2010年IPA/SEC研究員。2010年から現職。奈良先端大博士研究員、IPA/SEC専門委員を兼務。博士(工学)。


(神谷芳樹のオフィシャル・エッセイ)