「新型ウイルスはアンダーコントロール」という幻想 ごはん論法が日本を滅ぼす

2月18日にマイブログに掲載していた記事ですが。

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記者会見する加藤勝信厚生労働大臣厚労省のホームページから)

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」乗客の下船が始まり、国内での感染者が100人を超えた。新型コロナウイルスで初の死者に次ぐ節目だが、政府の対策は「自分たちは事態をコントロールできている」と主張しているように見える。そのために「ごはん論法」を繰り出して事態を矮小化し、強弁と屁理屈を積み上げ、最後は居直るほかなくなってしまう。「ガラパゴスの平和」症候群はもはや日本を滅ぼすレベルではないか。

水際作戦は1月中に破綻していた

新型コロナウイルスの感染状況は、時刻を追って変化している。記事にするのが難しいのだが、一つ言えるのは、もはや手遅れ、ということだ。なぜなら中国の春節が始まる直前の1月20日から2月1日までの間に、34万人超の中国人旅行者が日本を訪れていたからだ。

実際、政府チャーター機武漢市在留邦人の帰還が始まった1月29日、政府系医療関係者が「すでに新型ウイルスは国内に蔓延している。症状が出ていない帰国邦人を隔離しても意味はない」と語っている。国立感染症研究所感染症情報センターの研究者が行ったシミュレーションによると、首都圏の満員電車に1人の感染者が乗車しただけで、10日目の感染者は12万人という。

2月4日にタイで検出された陽性反応者は、直前に旅行していた日本で感染した疑いが強いとされ、水際作戦はそもそも破綻していたことになる。不特定多数のヒト—ヒト感染、いわゆる市中感染が始まっていたにもかかわらず、この時点で政府(厚生労働省)や「専門家」たちは、「濃厚接触」が原因と説明していた。

「濃厚接触」とは、特段の防疫手段を講じず、①同じ住居で一定時間過ごす、②手が触れる距離(最大2mが目処)で会話したり接触する、③医療関係者が感染予防策・防護具なしで患者と接触するなど。

中国政府が全国人民代表会議(全人代)を延期したというニュースを待つまでもなく、1月23日に軍を動員して武漢市を完全閉鎖した事実、それまでに500万人の市民が脱出したという情報からして、素人でもその程度の予測はできる。

無症状者から感染するケースもある

武漢市で原因不明の肺炎が発生したのは昨年12月中ごろだったという。中国政府が「何もなかった」ことにしていた1月18日、武漢市で開かれた4万世帯参加の春節大宴会「万家宴」で感染が拡大した。

素朴な疑問は、少なくとも国内で1例目の報告があった1月15日から以後、厚生労働省国土交通省経済産業省観光庁などは何をしていたのか、ということだ。武漢市/湖北省には家族まで含めると約1000人の邦人が在留していることが分かっていたはずで、国民の生命・財産を守る努力はなされていたのだろうか。

同じように、2月24日から中国の「春節」が始まることも分かっていた。空と海から日本にやってくる旅客をどう扱うか、入管時にセンサーで体温を測定するだけでいいのか。武漢に調査員を派遣して感染者の症状を把握するようなことをしたのだろうか。

産業の観点からも「武漢リスク」が想定されなければならなかった。武漢には4つの経済開発区があって、そこに多くの日本企業が進出しているし、現地企業から部品の供給を受けている。在留邦人が引き上げたら現地事業所に支障をきたさないか、部品の供給が止まったらどのような影響が出るか。

政府チャーター便で帰国した武漢在留邦人、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号の乗員・乗客から陽性反応者が出たのは已むを得ない(と言うことに抵抗はあるが)としても、クルーズ船の乗客から書類を回収した検疫所事務官が罹患(2月12日)、神奈川県在住の80代女性が死去/タクシー運転手の感染を確認(同13日)、和歌山県の病院で院内感染/東京の屋形船で集団感染(15日)となると、これはもう手の施しようがない。

にもかかわらず、政府が初めての専門家会議を招集したのは2月16日。その成果として、政府は国民に「帰国者・接触者相談センター」への相談を求めている。感染経路不明の検出例があることは認めながら、建前は依然として「市中感染は起こっていない」だ。

医療機関を紹介する(感染の疑いがある)要件として、(1)新型コロナウイルス感染者と濃厚接触した、(2)湖北省浙江省を訪問した/湖北省浙江省渡航した人と濃厚接触した——を前提に、「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続いている」「呼吸器症状がある」をあげている=下図=。

しかし、満員電車の隣に立っている人が2週間以内に湖北省浙江省に行ったか、などは分からない。無症状者から感染するケースもある。37.5度以上の発熱が続けば、原因を確かめるため(安心するため)に、2日目、3日目で医師の診察を受ける人がいておかしくない。専門家が集まって出した答えがこれかよ、である。

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「安倍一強の思考停止」の背景にあるもの

もはや手遅れ、焦点を重症者のケアに移すべきと決めつけた上で話を進めると、政府の対応は最初から「大したことはない」だった。その通りならそれでいいし、市内感染パンデミックが起きず、これで収束してくれればもっといい。しかしここまでの対応は後手後手で、場当たり的だったことは否めない。

2011年3月、福島第一原発事故のときもそうだった。原子力を所管する経済産業省東京電力は「安全」「安心」を強調し、政府系の専門家はテレビを通じて「大丈夫」と言い続けた。ところが3月12日午後3時26分に1号機、14日午前11時1分に3号機、15日午前6時14分に2号・4号機と立て続けに爆発した。

当初、政府関係者は「炉心溶融メルトダウンは違う」というごはん論法で逃げようとした。しかし、爆発と同時に煙が高々と上がるテレビ映像が流れては、「爆発的事象」と言い換えるほかなかった。 

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今回の新型コロナウイルス対策では、官僚機構の思考停止が指摘されている。政治における自民一強、その自民党における安倍一強、内閣府主導の人事が中央官僚に忖度を強い、全体が思考停止に陥っている、というのだ。「近ごろの若い者は……」の代表格「指示がないと動けない」のほうがまだマシかもしれない。

王様のお気持ちを忖度する結果、目の前で起こっている事象を冷静・客観的に評価せず、有るものを無かったことにし、あるいは別の事象にすり替え、批判を罵詈雑言と理解して耳を傾けず、屁理屈で無謬を強弁する。「クルーズ船内で感染は広がったが管理は適正だった」「経路不明の感染者はいるが市中感染ではない」という言い方は、「パンは食べたがごはんは食べなかった」「募ったが募集はしていない」「答弁はするが答えない」に通底している。 

生身の人間とリアルな会話をしていない

政府がごはん論法を駆使するのは、第一に、中国・湖北省浙江省に次ぐ第3の汚染地域に指定される不名誉は避けなければならない、と考えているためだ。だからクルーズ船の感染者数は、日本国内の感染者数にカウントしない。しかし感染者を国内の病院に収容しているのだから、「国内の」には違いない。全員を短期間で完治させることができたら、日本の医療を世界に誇れるのに。

第二は、やはり習近平主席の訪日を前に「おおごと」にするのはヨロシクないという忖度が働いているのではないか。できればそれまでに「決着」をつけ、何もなかったことにするねらいがある。だって日本の国民はすぐ忘れるのだから。

第三は言うまでもなく、オリ/パラ後の総選挙をにらんだ政局含みの深謀遠慮だ。新型コロナウイルス対策の可否如何が政権の土台を揺るがすかもしれない。安倍政権としては何としても「些細なこと」に封じ込めて支持率を維持しつつ、改憲に突っ走りたいところだろう。

さらに筆者が思うのは、インターネットが普及し始めた1995年を境に、政治・行政をリードする階層の人々は、自分を絶対的に支持してくれる人の声しか聞かなくなった、ということだ。それはまことに心地よく、勇気すら与えてくれる。

つまりこの国の政治機構や行政機構、さらにマスメディア(そこに所属する人間)は、生身の人間とリアルな会話をしていないのかもしれない。別の言い方をすると、「リテラシー(読解記述力)の欠如」である。新聞、テレビまでリテラシーに欠けるとすれば、それはまことに興味深い事象と言わなければならない。

新型コロナウイルスはどうせ夏までに沈静化する。パンデミックは発生しないかもしれないし、米国で流行っているインフルエンザのほうが怖いのかもしれない。それならまことに結構なことであるのだが、もっとも警戒すべきは、これが成功体験となって、公の機関が大手を振ってごはん論法を口にし、恒常的な自己欺瞞に陥ることだ。

気になるのは、新型ウイルスの検査を国の機関に専任させていることだ。陰性の判定を受けて下船した人が陽性に転換したり、市中感染した人がいたとしても、国の機関であれば感染件数を塩梅できるかもしれない。それは最悪の自己欺瞞大本営発表ということになる。

あと10年もすれば、毎日1万件以上の葬儀が行われるようになる。就労年齢層の賃金は上がらず、税金はますます増える。意欲的な若者は海を渡っていく。そうやって自己欺瞞のまま誰も行動せず、誰も責任を取らず、だれも指揮をしない。日本は滅びに向かうということだが、そのころ筆者はこの世にいないだろ。だからどうでもいいのだが。