データ駆動型アプリの基盤となって活用領域を広げるブロックチェーン

ブロックチェーン(Blockchain)は仮想通貨(暗号資産)とワンセットで脚光を浴びた。そのせいもあって仮想通貨の熱狂が沈静化すると、ブロックチェーンへの関心も薄くなった──と思っていたが、この技術のポテンシャルはそんな程度ではないようだ。ここにきて、法定通貨と連動したり安全な本人確認に活用できるコンソーシアム型のブロックチェーンが、データドリブン(データ駆動型)アプリケーションの基盤として注目されつつある。「Hyperledger Iroha」でブロックチェーンの世界標準を目指すソラミツで特別顧問を務める宮沢和正氏に、ブロックチェーンのイロハと適用領域の広がりについて聞いた。【IT Leaders 2019.04.05】

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宮沢和正氏

 宮沢和正氏は1956年生まれの63歳。東京工業大学の経営システム工学修士課程修了後、ソニーUNIXワークステーション「NEWS」交通系ICカードFeliCa」、電子マネーEdy」などの開発で中心的な役割を果たした。「VAIOソニー製PCブランド)にFeliCaカードリーダーを標準装備することを企画しましたが、うまくいきませんでした」と苦笑する。

 2008年、電子マネーを審議する金融庁金融審議会の委員を経て、2016年からISO/TC307 ブロックチェーン国際標準化日本代表委員を兼ねている。ブロックチェーンに関する第一人者と言っていい。

 偽造・改竄できない分散型の台帳

 宮沢氏によると、ブロックチェーンが仮想通貨とセットで語られるのは、「サトシ・ナカモト」が仮想通貨ビットコインBitcoin)のための分散型データ管理システムとして実装したからだという。仮想通貨とブロックチェーンは本来、別々のものなのだが、両方とも衝撃的だったので、あたかも一体であるかのように刷り込まれてしまった。

 ちなみに、サトシ・ナカモトは日本人のような名前で、「中本哲史」「中本智」といった表記も散見する。個人なのかグループもしくは組織なのか、正体は分かっていない。また仮想通貨については、2018年11月にブエノスアイレスで開かれたG20サミット会議で「Crypto Asset」(暗号資産)が国際的な呼称として合意され、リアルな通貨(法定通貨)との線引きが明確になった。

 経済産業省が2016年4月に公表した「ブロックチェーン技術を活用したサービスに関する国内外動向調査報告書」では、ブロックチェーンについて「改竄が極めて困難で、実質ゼロ・ダウンタイムのシステムを、安価に構築できる技術」と定義している(図1)。「つまり、中央官庁や行政機関の公文書管理、マイナンバー/マイナポータルにも使えるし、サプライチェーンの在庫管理や受発注データ管理にも適用できるのです」と宮沢氏は言う。

図1:ブロックチェーンとは(出典:経済産業省ブロックチェーン技術を活用したサービスに関する国内外動向調査報告書」2016年4月)
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 インターネットはネットワークにつながる多数のコンピュータが相互に監視/バックアップする。それによってどこかのコンピュータがダウンしても、システム全体は動き続ける。これをITの専門用語で「ゼロ・ダウンタイム」という。1960年代の米ソ冷戦時代、米国の防衛システムには、本土がミサイル攻撃を受けても「絶対に停まらない」ことが求められた。インターネットの原型となったARPANETはそこからスタートした。

 インターネットの商用利用が解禁される以前、1980年代にも、多くのエンジニアはネット上に流れる情報の真正性を担保する仕組みがないことに気がついていた。主な利用者は国や軍事関係者もしくは学術研究者だったので、悪意をもって改竄・偽造するようなことはしないだろうと考えた――という冗談のような話が残っている。当時の米国も性善説だったのだ。その長年の課題を解決する技術がブロックチェーンというわけだ。

 管理者や参加者の違いによる3つのタイプ

 「一口にブロックチェーンと言っても、システムの管理者の有無や利用者の参加形態でタイプが異なります」と宮沢氏は言って、「パブリック型」「コンソーシアム型」「プライベート型」の3つのタイプを示した(表1表2)。

 パブリック型はインターネットの基本コンセプト「自由原則」を継承している。ただ、悪意を持つ参加者も参加できるので、改竄や偽造、情報の盗難というリスクがつきまとう。インターネットは自由原則で全世界に普及したが、匿名性や不適正な誹謗中傷といった反作用もある。ブロックチェーンは資金の流動に関するだけに、システムには不正送金やマネーロンダリングなど金融犯罪を監視する機能が求められる。性善説が成り立たない。

 それだけでなく、処理時間が遅いという問題もある。具体的には、ビットコインの場合、1秒間に7件しか処理できない。「交換コストが高い、価値の変動が大きい、法定通貨交換の裏付けがない――といったデメリットがあります」(宮沢氏)

 これに対して、コンソーシアム型、プライベート型の違いは管理者が複数か単独かだけで、利用者の参加は許可制という点は同じだ。また、検証サーバーが少数で制限がある点も共通している。処理速度が速いため、仮想通貨の交換コストを下げたり、法定通貨と連動させて価値の変動を抑えたりできるのが特徴だ。ハイリスク・ハイリターンの投機的な利用者にとっては、あまり魅力的でないシステムかもしれない。

表1:ブロックチェーンのタイプ別相違
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表2:ブロックチェーンのタイプ別特徴
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 ソラミツが開発し普及に努めている「Hyperledger Iroha」(ハイパーレッジャー・いろは、画面1)はコンソーシアム型のブロックチェーンシステムである。

 Hyperledgerは、Linuxオープンソースソフトウェア(OSS)をサポートする非営利団体LinuxファウンデーションLinux Foundation)に設置されたブロックチェーン関連技術開発グループの名称だ。

 もともとの名称はシンプルにIrohaだが、Hyperledgerが2016年10月に、米IBMの「Hyperledger Fabric」、米インテルの「Hyperledger Sawtooth」に続く3番目のプロジェクトとして、Irohaを正式に採択。コンソーシアム型ブロックチェーンシステムの標準候補となって注目を集めるようになった。

画面1:ソラミツの「Hyperledger Iroha」トップページ(https://iroha.tech/ja/
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 ビジネス領域で用途を広げるコンソーシアム型

  コンソーシアム型のブロックチェーンシステムは、もちろん仮想通貨にも適用できるのだが、宮沢氏は「実社会との接点で多くのニーズがある」と見ている。仮想通貨の連想でまず思いつくのは、Suicaに代表されるチャージ型電子マネーや、急速に普及してきた「○○Pay」のモバイル決済、買い物をしたときに付いてくるポイント/マイル、電子チケットや有価証券など、現金に代わる資産管理の用途だ。その延長線上には、ボランティア活動に参加したときなどにもらえる地域通貨トークンの管理もあるだろう。

 「そればかりではありません」と宮沢氏が挙げたのは、次のような用途だ。

 本人確認(行政手続き、医療保険
 口座開設(銀行、保険、証券)
 会員登録(入退館、身分証明)
 チェックイン(ホテル、劇場)
 業務契約(スマートコントラクト)
 自動決済(キャッシュレス)
 物流管理(サプライチェーン
 在庫管理(無人倉庫)
 文書管理(公文書、受領書)
 記録保全(計測データ、成績、証明書)
 クラウドファンディング(ソーシャル型資金調達)

 こうして、ブロックチェーンの非改竄性・非偽造性を応用すれば、本人確認が必要なさまざまな局面で有用だし、真正性が裏づけられる点に着目すれば、多くのプレーヤーが関与するサプライチェーンや在庫管理にも利用できる。

図2:ブロックチェーンの適用領域(出典:宮沢和正氏のプレゼンテーション資料)
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 上述したように、Hyperledger IrohaはOSSプロジェクトなので、ブロックチェーンの原理とソースコードを理解できれば、サードパーティーがIrohaのアプリケーションを自由に開発することができる。

 仮想通貨ブームは一段落しても、「エンタープライズブロックチェーン」の世界はこれからである。データの真正性を担保するブロックチェーンの特性を活用して、データドリブン型のアプリケーションの開発が以前より容易に行える。宮沢氏は、データドリブンの領域で今後ブロックチェーンがベース/前提的なものになると見ている。