「国は法定半分以下の1.24%」は論外だがAI/RPA時代に障害者雇用は維持できるか

改まらない消極姿勢は批判必至

 今年6月1日現在の国の機関における障害者雇用率は1.24%で、法定2.5%の半分以下だったことが分かった。昨年6月の時点では1.17%だったから、0.05%の微増にとどまっている。また47都道府県は2.44%、1,724市区町村は2.38%で、いずれも法定2.5%に届いていなかった。今年8月に発覚した行政機関の障害者雇用水増し問題を受けて、厚生労働省が調査を取りまとめた。

 対象となった国の機関は内閣官房内閣府宮内庁公正取引委員会消費者庁を含む)、総務省法務省公安調査庁を含む)、外務省、財務省国税庁を含む)、厚生労働省農林水産省水産庁を含む)、経済産業省特許庁を含む)、国土交通省海上保安庁観光庁気象庁運輸安全委員会を含む)、環境省防衛省(防衛装備庁を含む)、人事院会計検査院の27省庁(計34機関)。法定雇用率が2.5%以上だったのは原子力規制委員会厚生労働省海上保安庁個人情報保護委員会の4機関だけだった(表)。

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 法定2.5%を満たすのに必要な人数(不足数)は3,875人(国の機関全体では4273.5人)。そのうち国税庁が1,068. 5人で不足数全体の27.5%、国土交通省が713.5人で18.4%、法務省が574.5人で14.8%、防衛省が350.5人で9.0%などとなっている。ちなみに障害者雇用率では、重度身体障害者と重度知的障害者は1人を2人、重度ではない短時間勤労者は1人を0.5人と算定している。

 障害者雇用率は「民間企業は全従業員数の2.2%以上、公共機関は2.5%以上」と国が定めていて、未達の民間企業には不足1人当たり月額5万円の納付金(従業員100人以下の企業は免除)を義務付けている。このルールを適用すると、国の機関は毎月1億9,375万円、1年で23億2,500万円を国庫に納めなければならないのだが、そもそも他人の金(税金)で賄われているので誰も痛みを感じない。当の行政機関、なかでも国の機関が消極的な姿勢を改めようとしていない実態に批判の声が高まるのは避けられそうにない。

受託系IT業界の取り組みが見えてこない

 テーマとして「障害者雇用」を眼中に入れていなかったのでネットで検索したところ、厚生労働省の職業安定局障害者雇用対策課がまとめた「平成29年障害者雇用状況の集計結果」が見つかった(下グラフ)。

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 それによると民間企業の障害者雇用数は49万5750.0人で前年同期比4.5%、雇用率は1.97%だった。また公的機関は国が7593.0人で雇用率は2.50%、都道府県は8633.0人で同2.65%、市町村は2万6412.0人で同2.44%、教育委員会は1万4644.0人で同2.22%、独立行政法人などは1万276.5人で同2.40%となっている。

 2017年の法定障害者雇用率は民間企業が2.0%だったが、半数の企業が未達だったため全体はわずかに法定に及ばなかった。公的機関は行政機関が2.3%、都道府県などの教育委員会は2.2%だったが、すべての機関で法定を上回った――ことになっていた。この数字のうち、国の8割以上の機関で障害者手帳を持っていない弱視の人など3407.5人が水増しされていたわけだ。

 「公共機関は法定雇用率をクリアしているぞ、民間はもっと頑張れ」と上から目線でハッパをかけていた国の機関が、意図的に数字を作っていたのだから何をか言わんやだ。森友問題における財務省裁量労働制外国人労働者にかかる厚労省のデータ捏造に続いて、今度はほとんどの省庁となると、法制度の審議・運用そのものに信頼が置けなくなる事態と言っていい。

 民間企業における障害者雇用率を従業員規模別に見ると、「50~100人未満」が1.60%(前年は1.55%)、「100~300人未満」が1.81%(同1.74%)、「300~500人未満」が1.82%(同1.82%)、「500~1,000人未満」が1.97%(同1.93%)、「1,000人以上」が2.16%(同2.12%)だった。「1,000人以上」の企業が法定雇用率を上回った。  また産業別では「医療、福祉」が2.50%で最も高く、「生活関連サービス業,娯楽業」2.15%、「電気・ガス・熱供給・水道業」2.11%、「農・林・漁業」2.04%、「運輸業、郵便業」2.04%、「製造業」2.02%となっている。

 筆者足元の受託系IT産業領域では、情報サービス産業協会(JISA)のダイバーシティ委員会が障害者雇用企業の見学会や雇用促進セミナーなどを実施しているようだが、業界全体の取り組みは見えてこない。

 ちなみに障害を持つIT/ICT系エンジニアの求職・求人サービスを行っているゼネラルパートナーズ(進藤進社長)、ジェイ・ブロード(高須賀洋樹社長)、サーチコア(長良淳司社長)などの求人サイトを見ると、職種はシステム・エンジニアやプログラマー、Webクリエーターといった技術職ばかりでなく、社内外の会議・イベントの準備・運営、備品管理・購買業務、人事業務アシスタント、データ入力、郵便物の仕分け・配送、資料作成などがある。

1部上場企業の障害者雇用担当役員はこうぼやく

 障害者雇用について、某IT企業(東証1部上場・連結従業員2000人超)の役員と雑談をする機会があった。民間企業がいかに汗を流しているか、という話だ。役員氏は障害者雇用の担当者でもある関係から、思わず心境を吐露したのだろう。  要約すると次のようだ。

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 自分たち経営陣に属する者は、企業価値を守るとか従業員の士気を高めるとかだけでなく、企業の社会的責任として身障者雇用に取り組んでいる。雇用形態や勤務時間など就労要件が異なるので、2010年の法律施行(障害者雇用の促進等に関する法律)を機に別会社を設立した。そこでは健常者と障害者が混在して、事務処理を受託したりヒーリング・サービスを提供している。事務処理業務は親会社と関連会社からの仕事が中心だが、場所柄もあって近隣の企業に勤めている人が帰りがけに立ち寄ってヒーリング・サービスを受けていくケースもある。

 ざっくり従業員数が2000人だと、単純に身障者雇用率2. 2%を掛ければ44人。当社の場合は約50人ということになるのだけれど、障害の度合いや勤務が短時間だったり週3ということもあって、多いときは60人以上になることもある。採用・労務管理の担当者は、ただ障害者を雇用すればいいわけではない。保護者や医療アドバイザーと相談しつつ、障害の度合い、協調性、理解力などを斟酌して仕事をアサインするのは当然で、それだけでなく、仕事を見つけてこなければならない。

 親会社や関連会社の現場に出かけて行って、健常者からすると「雑用」に類する仕事をじっと観察する。単純化できるルーチンワークを見つけて、「そういう仕事はこっちに寄越して、あんたらはもっと価値が高い仕事をしろ」と交渉する。現場は雑用から解放され、こっちは仕事がくる。お互いにハッピーというわけだ。

 外形的には身障者でも知的能力が高い人はいるし、一見しただけでは知的障害者に見えながら、一つコトに集中したら健常者にはとうてい及ばない能力を発揮する人はいる。生まれながらの人もいれば、事故や病気による後天的な障害者もいる。その人の自負や誇りを傷つけないように配慮しつつ、しかしワガママは謹んでもらわなければいけない。当人も周りの健常者も「身障者だから」は禁句で、そこに逃げ込んだら差別ということになっていう。

障害者雇用にも企業規模で格差

 別会社を作ってしばらくの間は、健常者と身障者が対等の立場で、同じオフィスで就労する「ノーマライゼーション」が可能だった。その能力がある人にはシステム開発やデザインを考えたりする仕事に就いてもらったこともあるけれど、残念ながら全員がノーマライゼーションで就労できたわけではない。ただ、データ入力をしたり名刺を作ったり、郵便物を配ったり、ダイレクトメールを準備したり、健常者と混在して就労することができた。

 知的障害の人はコツコツ仕事をするし、ちょっとの例外も許さないところがあって、入退場管理や監査業務に向いているんじゃないか、と思うことがある。一方、精神障害の人についてはカウンセラーや医療アドバイザーと連携して、周りの人に「怒鳴ったりしない」「急に肩を叩いたりしない」といった配慮をしてもらう。

 ところがこの数年、身障者雇用に就労格差が起きている。理由の一つは、発達障害や知的障害、精神障害の雇用算定率が0.5から1.0に引き上げられたこと。第2は当社よりはるかに規模が大きな企業が身障者雇用に力を入れ始めたこと。給与が高いし福利厚生も充実しているので、障害者が大企業を望むのは当然。雇用する側は健常者より低い賃金で、データ入力や事務アシスタントなどの即戦力要員を雇用することができる引き抜きもあるし転職は自由なので、肉体的障害者は自ずから大企業に行く。

 そうなると、1部上場とはいえ、当社のようなクラスの企業は、知的障害、精神障害の人を雇用せざるをえなくなる。法定では月30時間以上で1人と算えるように定めているのだが、規定そのものに無理がある。独力で通勤できるか、トイレは一人でできるか、気分にムラがあって出勤してこない、仕事の途中から帰ってしまうなど、世話をする人を配置しないといけない。カンセラーやアドバイザーの手当も余計にかかる。

   厚労省が言うノーマライゼーションは理想だけれど、現実はそんなに簡単じゃぁない。障害者だけのオフィス、障害者だけのチームの方が周りに気を使わずに済むのだけれど、それを安易に受け入れたら、それはそれで差別ということになる。健常者が多様性を認めて、障害者が働ける環境を整えて行くことが、ひいては男女雇用均等だったり外国人労働者の受け入れ拡大のベースだと考えている。

 そんなふうに、企業は表から見えない努力というか苦労というか、汗を流しているわけだが、こうしろ・ああしろと指示してきて、未達なら罰金だぞと言っているお役所がいい加減なんだから、腹が立つ。

むしろ障害者の雇用は広がるかも

 偽善と受け取る向きもあるだろうし、「キレイごと」めいた部分はあるにしても、取組みの基本姿勢は立派なものと言っていい。健常者が障害者に憐憫、同情の視線を送るのはまだしも――と言いながら、異質なものを警戒し接近を避けるのも自然の理だ。だがそれはすれ違いで済む範囲でのことであって、対価と責任が伴う業務となれば、偽善もへったくれもあるまい。

 行政機関は文書を扱うことが仕事のようなものだ。現業部門のウエイトが大きかろうが小さかろうが、書類にかかわる仕事は山のようにある。プリントアウトやファイリングなどはいずれデジタル化のなかで消滅していく仕事であるかもしれず、封入・封緘・配送の仕事もネットに移行していくに違いない。過渡的な対応として、それを知的障害者パワーで賄うことができれば、行政機関の障害者雇用率は飛躍的に増加する。

 筆者がドキッとしたのは、障害者雇用担当役員がポツンと漏らした「IT化が進んだら……」の一言だった。直感的には、障害者の仕事がなくなる、という意味に理解できる。近い将来、デジタルファースト/デジタルトランスフォーメーションの流れで、多くの業務プロセスがなくなっていくと考えられているからだ。

 例えば音楽や書籍がデジタルデータでダウンロードできるようになったので、レコードショップや書店が消えて行く。QRコード電子マネーで決済が行われれば、発注書や領収書もデジタル化される。さらに2020年以後、AI(人工知能)やRPA(繰り返し単純事務作業の自動化)が様ざまな領域に普及する。

 健常者でさえ仕事がなくなっていくのだから……。

 ただ、別の見方がないでもない。

 テレワークやサテライトオフィスが進展したら、「移動が困難」が事由で就業できていない障害者に雇用のチャンスが広がっていく。デジタルに対応可能な技術系、創造系の業務は能力次第なので、給与や待遇は障害者雇用の枠にとどまらない。女性や高齢者の雇用と同じ水準で捉えるべきだろう。

 一方、AIであれRPAは万能か、という問題がある。自律的に状況を判断して自己を制御するわけではない。当面、AIやRPAは人がセットした指示(コマンド、閾値、プログラム)や条件に従って動く。つまり「雑用」をこなす能力を備えているわけではない。  これまで「人が処理してきた」とされている仕事を分析すると、実はシステムの画面遷移に従ってキーボードの操作(データとコマンドの入力)をしているに過ぎないことが少なくない。銀行員の多くは銀行業務を処理しているのではなく、キーオペレーションをしているだけなのだ。

 たしかにA→B→C……と連続した複数の異なる手続きを一貫して処理しなければならないので、発達障害や知的障害の人には難しいかもしれない。しかし一連の処理プロセスをAIとRPAで管理すれば、状況の監視や書類のセット、システムの簡単なオペレーションなど、「ロボットでなくてもいい単純業務」を障害者が担う。一連の業務処理をシンプルな業務に分解し、そこにAIやRPAを適用するのが最も現実的な解ではあるまいか。

 重要なのは業務を分析し、人がするべきこと、IT(AI/RPAなど)で処理すべきこと、コストパフフォーマンスや安心・安全、セキュリティの観点でどちらとも決めかねる領域を探り出し、再構築するプロセス・エンジニアリングのノウハウだ。疑問の向かう先は「そのとき障害者雇用は維持できるか」ではなく、「健常者は何をするのか」にほかならない。障害者雇用の将来を語ることは、実は健常者雇用の将来を語ることでもあるようだ。