行政手続きから紙とハンコを撤廃できるか(3) ID/パスワードとマイナポータルの改造

内閣官房が放つ「法人登記」という変化球

経産省DXプロジェクトとリンク

 実を言うと、ここまでは以下に記すトピックの「前振り」である。

 官邸指針「デジタル時代の新たなIT政策の方向性について」、議法「デジタル化促進法案」、閣法「デジタルファースト一括法案」などに目が奪われている間に、内閣官房の日本経済再生総合事務局が「法人登記手続きのオンライン・ワンストップ化」の準備を進めている。それにより、24時間以内の法人設立登記を実現するという。

 その話は今年4月、経産省・情報プロジェクト室に「DX(デジタルトランスフォーメーション)オフィス」が新設された際、ねらいの一つとして耳にしていた。そのとき聞いたのは、

 ・経産省が実施している補助金が対象

 ・当面は中小企業向けに絞る

 ・申請書を共通化

 ・申請から審査の手続きをオンライン(ネット処理)化

 ・2018年度中:システム開発

 ・2019年度:産業保安手続きなどに適用を拡大

 ・2020年度:他府省に展開

 将来展望として、法人設立手続きから設立後の税・社会保障手続きや補助金申請など、法人がかかわる公的手続きのワンスオンリー/ワンストップを実現する「法人デジタルプラットフォーム」を構築する。「法人デジタルプラットフォーム」は経産省としての構想であって、実現するには「関係省庁との調整が必要」ということだった。

TV会議システムで定款を認証

 このほど入手した資料は、その法人設立にかかる手続きについてであって、

 ①デジタル認証の利用=署名・捺印の省略

 ②オンライン・ワンストップ

 ③ワンスオンリー

 ④事務手数料のキャッシュレス化

 ――などを可能にするとしている。

 「オンライン・ワンストップ」は一つのWebポータルで一貫した行政手続きが完了するようにすること、「ワンスオンリー」は氏名・住所など、固定情報の繰り返し入力を不要にすること、を指す。

 注目すべきは、定款の認証をネット処理可とし、収入印紙は撤廃、実印は不要としている点だ。経産省DXオフィスで聞いた将来構想が、一気に現実味を帯びてきた。

 「関係省庁との調整」が進んだ結果と理解してよければ、商業登記法と公証人法を所管する法務省印紙税法を所管する財務省が、その一部改定に合意したことを意味している。厳格・厳密な法の運用を旨とし、どちらかというとIT/デジタル化に消極的とされる「3文字省庁」の壁に、アリの一穴が開いたということだ。

 民間事業者と国との間で行われる手続き全体は年4.6億件、法人にかかわる個人まで含めれば年13.6億件に達している。法人登記を入り口に、それぞれに必要とされる添付書類と押印、印紙が不要、ネットで申請・提出できるとなれば時間と労力の縮減につながっていく。

ID/パスワードとマイナポータルの改造

日本は「選ばれない国」に

 2018年3月の時点で、法人登記に要する日数は平均7日。世界銀行による事業環境ランキングで、日本の法人登記は190か国中39位(OECD35か国中30位)だ。登記申請から完了まで15分のシンガポール、18分のエストニアに遠く及ばない。入管法改定(外国人労働者の受入れ拡大)でも強く指摘されたところだが、このようなことも日本が「選ばれない国」になりつつある要因の一つになっている。

 計画では、平均7日をまず3日に短縮する。「法務局が法人登記手続きを優先的に処理することで時間短縮を図る」という。つまり現状でも「やればできるじゃん」ということだ。その他の手続きが遅くなったり雑になっては困るし、法務局職員の負荷が高まるのは本末転倒だが、入手資料にはそのことは触れていない。

 デジタル化による効果が期待されるのは2019年度末までのいつか、ないし2020年度以後だ。目標は「登記申請から完了まで24時間」だが、では内閣官房は法人登記手続きをどのように変えていこうと考えているのだろうか。

 現時点での法人設立手続きは次のようになっている。ゴシック項目は手続きの内容、下段の明朝体は添付書類。

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 登記前、申請時、登記後の関連登録事務まで入れると、膨大な書類(紙)と手間(時間と行動)が必要なことがわかる。なかでも定款の認証は公証人による面前手続きが必須とされている。何度も署名・捺印が求められ、登記完了の後も、印鑑証明、定款(定款の写し)、登記事項証明書などを複数枚、手元に用意しておかなければならない。

 内閣官房の案では、申請者の本人確認は「マイナンバーでも可」とし、法務局がマイナンバーにヒモ付けした電子証明書(IDとパスワード)を発行する。国税庁が2019年3月の確定申告から3年間の期限付きで実施するID/パスワード方式と同じ考え方だ。また、法人代表印の登録定款認証にテレビ会議システムを導入し公証人の面前認証に代えるとしている。定款認証と設立登記申請を同時に行えるようにすることで、審査に要する時間を短縮する案も検討されている。

7000年の歴史と決別する

 これに伴い、印鑑の届け出をせず、登記後も法人番号とパスワードで行政手続きができる「商業登記電子証明書制度」(仮称)を創設する。電子証明書を取得→署名用アプリをダウンロード→アプリを起動しパスワードを入力→PDFファイルに電子署名を付与→送信された電子署名の真一性を法務局に確認という手順となる。

 内閣官房の案はさらに先までに及んでいる。法人向けに構築されている複数の手続きシステム(登記=登記ねっと:公証人、法務局、国税e-Tax:税務署、地方税=eLTAX:都道府県・市町村税事務所、労務・雇用=e-Gov:労基署、ハローワーク年金事務所)をワンスオンリー/ワンストップ化するというのだ。

 その基盤システムとして想定しているのは、マイナンバーをキーに情報を共有するマイナポータルだ。内閣官房の案では法務局が発行したIDとパスワードでログインできるよう、システムを改造する考えのようだ。

 QRコードや生体認証で代金決済や資金移動ができるいま、ICカードの電子的記録にこだわるのはいかがなものかとは思うものの、ID/パスワード方式をベースとすることに踏み込んだことは評価していい。マイナンバーカードの交付が全人口の11%にとどまっていようと、すでにマイナンバーは付与されていて、期初の目的は達せられている。

 法人登記手続きがネット化されると、司法書士の仕事が多少は減るだろうが、司法書士そのものが恒例化し廃業しているケースも少なくない。士業もネットの利活用で生産性を改善しなければならない。法務局の職員も同様だ。

 法人登記手続きに代表者印が不要になるからといって、民―民取引きにおける契約書への押印や「おカミ」の風土、無謬原則の「念のため」はそう簡単になくならない。印鑑業界や全国印章政治連盟(日本の印章制度・文化を守る議員連盟)が案じるほど、印鑑の需要が急減するとは思われないのだが、メソポタミア以来7000年の歴史を持つ印鑑をなくす決断こそ、「デジタル」の喧騒のなかで見落とされがちなことなのだ。 

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