経産省「DXレポート」のねらい 《2025年の崖》問題で受託型ITベンダーは再生できるか

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9月7日午後3時から、経産省本館7階会議室でIT記者会向けブリーフィングが行われた

 9月7日、経済産業省が「DXレポート~ITシステム《2025年の崖》の克服とDXの本格的な展開~」を発表した。今年5月から8月まで、計4回開催した「デジタルトランスフーメーションに向けた研究会」(産業界と有識者で構成)の報告書となる。

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 ここでいう「DX」はデジタル・トランスフォーメーションのこと。単純に英文の頭文字を取るなら「DT」になるのだが、どうやら「変革」の意味を含めて「DX」が使われているようだ。

 IT系メディアの記事で頻繁に見かけるようになったバズワードだが、確定的な定義はない。そこで「DXレポート」では、IDCジャパンが昨年12月に発表した「Japan IT Market 2018 Top 10 Predictions:デジタルネイティブ企業への変革—DX エコノミー においてイノベーションを飛躍的に拡大せよ」から、

企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラ ットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスぺリエンスの変革を図る ことで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること

 を引用している。

「コンピュータの時代」は遠い過去に

 つまり「DX」は「第4次産業革命」(経産省がいうところの「コネクテッド・インダストリーズ」)と同義もしくはその重要なキーファクターという位置づけとなる。クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術のほかに、IoT(Internet of Things)、AI(Artificial Intelligence)、RPA(Roboti c Process Automation)などを付け加えたくなる向きもあるだろう。

 なるほどIoTの普及に加速度がついて「つながる社会」が拡散し、ITシステムが取り扱うデータ量はテラ超級になっていく。自動運転タクシーの実用化実験も始まったし、ドローン輸送が商用化される日も近い。単純作業を繰り返す事務処理はRPAに置きかわり、医療診断や教育の現場にAIが適用されると見られている。

 そのような時代を見越して、ITを利活用する課題や方向性(あるべき姿)を描いたのだろう、あるいは「どうせ、人材育成が重要だ」なのだろうという予測は肩すかしを食らう。というのは、内容は「コンピュータの時代」は遠い過去になりつつある、という話だからだ。

 既存システムがますます複雑の度を深め、新しい技術を導入しても効果は限定的になってしまう。データやシステムをシームレスに連携できないためだ。また現状を維持するコスト(技術的負債)が増大し、前に進むための投資が圧迫されていく。「DXの未来像の前に、DXに至る前提を整えることが必要」(情報技術利用促進課)というわけだ。

レガシーのままだと何が困るのか

 解説しておかなければならないのは、サブタイトルにある《2025年の崖》という言葉だ。聞きなれないのは当然で、「DXレポート」の造語である。キャッチーな造語を前面に押し出すことで、「このまま放置すると、日本は2025年に立ち行かなくなる」という危機感を強調したかった、と理解していい。

 商業メディアは”視聴率”(あるいはアクセス数)を稼ぐために、「2025年の崖」とは別に、レポートに記載されている数字をもとに、例えば「脱レガシーを進めなければ年平均4兆円の経済損失」とか、「現状を放置すれば2030年にGDPベースで34兆円の機会損失」といった見出しを使いたがる。

 レポートに書いてあることなので間違いではないのだが、「2025年にはIT人材が43万人不足する」と同様、政策推進(予算確保)のための数字に過ぎない。関係省庁なかでも財務省を説得するには大きな数字が必要、という役所の都合で埋め込んだ数字なので、まともに受け止める必要はない。

 経済効果を云々する前に考えるべきなのは、「何か困ることがあるか?」である。

 ITシステムの不調が原因で電気やガスが止まっては困るし、金融システムのトラブルで預貯金のデータが消滅するようなことがあってはならない。エネルギー、交通・運輸、金融、医療、防衛、治安、行政といった社会インフラにかかるシステムが、レガシーであるがゆえに決定的なトラブルを起こすことがあるかどうか。

 総務省によると、2025年の日本の総人口は1億2,254万人(2015年比453万人減)、5.6人に1人が75歳以上、高齢者と生産年齢人口の比率は1対1.9と予測されているという。そういう状況のなかで「2023年の名目GDP600兆円」を目指すべきか、という議論も必要だろう。結局のところ、個々の事情に応じて脱レガシーあるいはDX化の方策を講じていけばいい、という話である。

20世紀型と21世紀型の技術乖離

 

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 前述した内容と重なるのだが、「DXレポート」が《2025年の崖》として挙げるのは、

 ①人材不足(COBOL使いの退職・高齢化)

 ②技術的な外部要因(Windows、SAP ERPのサポート終了、PHS/固定電話網の終了など)

 ③新技術の普及(5G、AI、RPAなど)

 の3点だ。

 このほかにも新技術の普及に伴う法制度の変化やエネルギー政策の転換、東京オリンピックパラリンピックといったトピックがある。

 ②の外部要因は否も応もなく対応しなければならない。 それを機にASPや代替するソフト製品に移行するという手があるのだが、きめ細かくカスタマイズしていると、移行作業だけで一仕事だ。実際、そのために多くのユーザー企業がITを外部ベンダーに丸投げし、外部ベンダーは保守と改造でしっかり儲けている。

 「コンピュータの時代」の担い手は高齢化し、現場から退いている。だけででなく、プログラムはスパゲティ状態。継ぎ足し継ぎ足しで建物が渡り廊下でつながり、階段を上り下りしているうち、自分がどこにいるのか分からなくなるのとよく似ている。そのうえマニュアル(前述の例でいえば館内の案内図)が残っていない。”20世紀の遺物”を今のうちに片付けておかないと、将来の足かせになるに違いない。

 もう一つ、あまり意識されていないのは、20世紀型システムと21世紀型システムの技術的乖離という問題である。ウォーターフォールで開発された手続き型アプリケーションと、アジャイルで構築されたWebアプリケーションではデータ構造が違う。ばかりでなくデータの発生から処理にいたるプロセスが違う。色が違っても水であれば溶け合うが、水と油では質量が違いすぎて分離してしまう。

今後のIT関連施策の基調となる

  これまでも書いてきたことだが、これからの脱レガシーはリホスト(ハードウェアの刷新)やプログラムのコンバージョンではない。問題を解決しないままクラウド化しただけでは何も始まらない。地道だが、手を着けるのはアプリケーションの棚卸し(業務プロセスの見直し=省略できる手続きの廃止)、データ構造の正規化からだ。

 情報技術利用促進課も情報産業課も「脱メインフレーム/脱レガシーの必要性は1990年代から指摘されてきたが、いまだにレガシーシステムが残っている。最後のチャンスといっていい」と意気込んでいるだけに、「DXレポート」は今後のIT関連施策のベースに位置付けられる可能性が強い。

 推測するに、情報処理推進機構IPA)が中核の実務機関となって、レガシー度評価のための見える化指標やDX推進ガイドライン、ITガバナンスとシステム監査の連携、DX共通プラットフォームの構築などが進められることになるだろう。

 さらに言えば、経産省ブリーフィングでわずかに言及された「受託型ITサービス業の再生」もねらいの一つと思われる。でなければ情報産業課が研究会の中核であった理由がない。受託型ITサービス業が「受託」という名の下請けから、DX化の実質的な推進役に転換できるかどうか、ここ数年が勝負、と見た。