理数系人材をIT領域に誘導するには何が必要か 経産・文科省が8日に第1回意見交換会

 経済産業省文部科学省が理数系人材を先端IT分野の研究開発に誘導する方策を検討する。8月8日に第1会会合が開かれる「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」を通じて、教育機関における理数系教育の実情や産業界が希望する人材像とのギャップ、産業界における理数系人材の処遇や就労環境の課題などを洗い出す。AI(人工知能)やビッグデータなどの研究開発・応用で理数系人材がより活躍する環境整備が必要と判断した。

 今回の意見交換会は今年6月15日に策定された政府の「未来投資戦略2018」を受けたもの。副題《「Society5.0」「データ駆動型社会」への変革》とあるように、今後求められる理数系人材を「高い理数能力でAI・データを理解し、使いこなす力に加えて、課題設定・解決力や異質なものを組み合わせる力など、AIで代替しにくい能力で価値創造を行う人材」と定義、「教育改革と産業界等の人材活用の面での改革を進める」としている。

 意見交換会が開かれていない段階で云々するのは勇み足というか予断の範囲なのだが、産業界の顔ぶれが富士通NEC日立製作所トヨタ自動車、グッリッドの大手4社、ベンチャー1社という構成はどうなのか、「またしても大手中心、上っ面の議論に終始する」という指摘も聞こえてくる。

院卒者の7割が不安定な雇用で研究

 文科省が2015年度に実施した「数学・理数科学を活用した異分野融合研究の動向調査」報告書によると、2013年4月から2014年3月までに博士後期課程を修了した大学院生の就業状況(回答数140人)は、

  • 「高等教育機関(大学・高等専門学校等)の研究教育職」38人(27.1%)
  • 「高等教育機関のポストドクター(PD)・研究員・非常勤講師」73人(52.1%)
  • 「初等中等教育機関での教育職」10人(7.1%)
  • 「民間企業での研究職」6人(4.3%)
  • 教育機関以外の公的機関での研究職」1人(0.7%)
  • 「その他」12人(8.6%)

 となっている。大学・高等専門学校の研究室や教職に就く人が8割と圧倒的多数を占め、民間企業の研究部門は4%強に過ぎない。

 また、「その他」12人を除128人について雇用の無期・有期で整理すると、「高等教育機関(大学・高等専門学校等)の研究教育職」に就いた38人のうち21人が無期雇用、17人が有期雇用なので、有期雇用が90人(70.3%)となる。7割が有期雇用という不安定な状況に置かれている。

ポテンシャルは低くない、かな?

 もう一つ面白い調査がある。進学校とされる高校の卒業生の進路だ。

 2018年3月に灘高校を卒業した220人のうち国立理系に進学したのは169人、その51.5%に当たる87人が医学部に進んでいる。開成高校は卒業生403人のうち国立理系に進んだのは189人、うち32.3%の61人が医学部だった。理系に進む人材の少なからずが医師を目指す理由・動機は社会的地位と収入にある。反対に医学領域から外れた人材の少なからずは、非正規ないし有期の不安定な雇用に陥る、という現実が見えて来る。

 経産省文科省が着目しているのは、日本人の科学・数学に対するリテラシーだ。OECDの「生徒の学習到達度調査」(PISA)がある。義務教育修了段階の15歳児を対象に、科学、数学、読解力の3点について知識・技能の活用力を評価するもので、3年おきに実施している。直近の調査にはOECD非加盟を含む72国・地域、54万人が参加した。

 それによると、日本は科学的リテラシーで2位、数学的リテラシーで5位、読解力で8位となっている。「国際数学オリンピック(IMO)でも、参加111国・地域のうち日本は6位、国際情報オリンピック(IOI)では参加83国・地域で日本はトップ」と経産省は言う。高校生までの若年層における理数系・IT系のレベルは世界に引けを取らない、というわけだ。

財政支出比の問題だけではない

 断っておかなければならないのは、すべてで「日本がトップ」を望むのは偏見を生む、ということだ。重要なのは各国・地域の教育体制や産学連携、個人の資質や興味の在処は様ざまで、つまり多様性を認めるところからスタートする必要がある。

 その上で、PISAの科学的リテラシーと数学的リテラシーで、なぜシンガポールがトップなのか、エストニア、台湾、フィンランド、香港、マカオなど小規模な国・地域が上位に食い込んでいるのはなぜなのか。IMOで日本を上回っている韓国、中国、ベトナムアメリカ、イラン、IOIで上位に入っているポーランド、オートストリア、ルーマニアなどに学ぶものはないのだろうか。ジャパン・ファーストの感覚で「引けを取らない」と言っても始まらない。

 エストニアフィンランドオーストリアなどが上位に入っている要因の一つとして、教育機関への公財政支出を挙げる指摘もある。GDPに占める公財政支出の比率(2014年OECD平均は1.1%)を見ると、エストニアフィンランドは1.7%、オーストリアは1.6%だ。しかし韓国は1.0%、アメリカは0.9%とOECD平均を下回っている。日本の0.5%(ルクセンブルグと並んで34か国の最下位)はさすがに低いと言わざるを得ないが、公財政支出だけが要因ではなさそうだ。

頭脳流出はむしろ喜ばしいこと

 日本の産業界や政府が常に比較対象の相手としている米国はどうだろうか。アメリカ数学会(AMS)の調査によると、詳細な数値は不明ながら、2010年は6割が大学研究機関、25%前後が民間企業だったが、年を追って民間に就職する人が増えている。実際、理数系の基礎研究で、GoogleAmazonMicrosoftなどの研究所が積極的に理数系人材を雇用した結果、「スタンフォード大学マサチューセッツ工科大学(MIT)を凌駕するまでになっている」という指摘もある。

 その場合、日本に比べて米国では、IT領域のエンジニアが高給で処遇されているだけでなく、ジョブホッピング(1つの職場でのスキルをもとに、よりよい条件で次の職場に移っていく)やベンチャー起業の環境が整っていることなどを、併せて勘案する必要がありそうだ。

 さらに言えば、開成高校2018年3月卒業生403人のうち22人が米国をはじめとする海外の大学に進んでいる。理数系ノーベル賞の日本人受賞者が典型的な例だが、国際化が進んだ現在、日本の頭脳流出はこれまで以上に容易だし、働き方改革高度プロフェッショナル制度が追い風となって、若い年齢層が海外に目を向けるのは間違いない。蚊の研究で知られる田上大喜氏(君?)がコロンビア大学で理系トップ10の評価を受けたというニュースが、その動きに拍車をかけることは間違いない。

 これまで理数系人材の民間就職先は金融機関が多かった。フィンテックや仮想通貨への対応で、金融機関における理数系人材の需要は強まるだろう。また、AIとビッグデータの融合で様々なビジネス領域でデータサイエンティストが求められる。そのとき、すべて日本人でまかなう「オールジャパン」でやっていけるのか、という課題も残っている。「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」でそのあたりも検討されるといいのだが。