【東洋経済オンライン】ITエンジニアを待ち受ける大量失業の危機

スマートフォンばかりでなく、自動車も冷蔵庫も家のドアも、ペンもメガネもインターネットにつながって、情報をやりとりしたり連動したりするIoT(Internet of Things:モノのインターネット)が話題だ。

メガバンクのシステム統合、マイナンバー、消費増税に続いてIoTと東京オリンピック。「2020年まで仕事はいくらでもある」とIT受託(ITベンダー)業界はウハウハに見えるが、最も期待の大きいIoTが波乱の種になるかもしれない。

トリクルダウンは4階層

IT受託業はソフトウエア受託開発、情報処理、システム運用管理、IT技術者派遣、情報機器オペレーション、コールセンターといった業務を受注する。その規模は、ざっくり3.3万社で売上高20兆円、就業者100万人(特定サービス産業実態調査)。株式を公開しているのは220社で1%にも満たないものの、産業全体の売上高で40%、就業者の37%を占めている。つまり、IT受託業は典型的な中小企業の集まりだ。

別の見方をすると、非上場のユーザー系、電子機器メーカー系ITサービス子会社を含めた全体の1%程度の企業を頂点に、ユーザーが外出ししたIT案件が大企業から中堅、中小へとトリクルダウンで処理されていく。

中小のITベンダーが地域の地場ユーザーと直取引するケースも少なくないのだが、全体に占める割合はごく小さい。ユーザーが外部に委託するIT関連費用は8兆円、IT受託業における売上高に占める外注費比率はおおむね3割なので、積み上げられたワイングラスは4階層ということになる。

IT受託業の問題は多階層構造ではなく、同類・同質企業が連鎖する多重受発注にある。元請け→下請け→孫請け→ひ孫請けと伝言ゲームが行われているうちに、スペックが正確に伝わらなかったり曲解されたりする。加えてユーザーの要望が曖昧なことが少なくない。ソフトウエアは目に見えないので、何がいけなかったのか、どこで間違ったのか、修正が難しい。

「人月の神話」の成功体験

もうひとつの問題は、利益の配分機能を果たしていたトリクルダウンの仕掛けが、この10年間で利益収奪の仕組みに変質していることだ。元請けは受注総額の20~25%をまず自社の利益として確保し、残りの予算で外注を使う。そして取引が発生する(契約を更新する)たびに、発注先(受注企業)に10%から20%の値下げを要求する。開発案件の契約期間は平均3カ月なので、年4回は値下げ交渉が行われる。その結果、受注価額が10年間で3割減少しているのだが、孫請け、ひ孫請けの中小・零細IT受託会社の低減幅はもっと大きい。

IT受託業は「技術が人に付いている」ために、技術提供=技術者派遣ということになりがちだ。その対価は技術者一人当たり月額(人月)で積算され、そこから給与が支払われる。以前は就業者の給与は経費だったが、この10年でコストに位置付けられるようになった。

利益を増やす手っ取り早い方法はコストを下げることなので、多くの企業が就業者の給与上昇を抑制し、非正規社員を増やした。正規雇用者の給与は10年前と比べて6.16万円増えたが、就業者全体に占める非正雇用者の率は13.7%から25.6%に、ほぼ倍増している。

IT受託業が高度化するには、システム構築やソフトウエア開発に工学的手法を導入したり、ITサービスの自動化・機械化を図ったりすることが必要だ。装置産業化することで生産性を上げるのは産業革命以来の鉄則なのだが、IT受託業は正反対に動いた。10年間で就業者(非正規雇用を含む)を1.5倍に増やしてしまったのだ。

人を増やせば一定に売上高が増え、売上高が増えれば利益も一定に増えるという「人月の神話」の成功体験が、経営者のミスジャッジを誘導した。就業者一人当たり売上高の2005年比は上場企業220社で30.3%減、全体3.3万社で21.7%と、大きく減少している。

「IT受託業は終わるのか、というテーマでお願いできませんか」ーー。

ある中小事業者団体から講演を頼まれたのは2010年のことだ。SaaS(Software as a Service)、ASP(Application Service Provider)、クラウドといった言葉が目新しかった。ユーザー企業が業務処理のネットワーク(インターネット)依存度を高めたら、システム開発需要が激減するのではないか、がテーマ設定の理由という。

このとき筆者は次のようなことを話した。

① IT受託業は不況に強い。これまでに平成不況(1993~95年)、IT不況(2001~02年)、リーマン・ショック(2008年9月)を乗り切ってきた。
② それはIT受託業のビジネスモデルが人に依存しているため。景況に合わせて人員調整ができるし、非正規雇用を増やして給与総額を低減することもできる。生産設備も在庫もないので倒産ということがない。
③ この不況がもうちょっと続けばM&Aやビジネスモデルの転換、工学的手法の採用が進むのに、と思うころになると、景況が上向いてしまうのが残念。
④ これからユーザーはシステム統合とメンテナンスのフェーズに入る。都市銀行、大規模スーパー、コンビニチェーンなどのM&Aでシステム統合が必須になり、一方で西暦2000年問題クリア後に構築したシステムの総点検が始まる。このためゼロから開発する案件は減り、既存システムを運用しながら機能を追加していくことになるだろう。  
⑤ しかし、開発プロジェクトをいくつかの工程に分けて、原則として前工程が終わらないと次の工程に進めない「ウォーターフォール」型の開発スタイルは変わらない。なぜなら人事制度上の事情から、古いスタイルの情報システム要員という理由だけでリストラできないため。
⑥ テーマに即して結論を言うと、IT受託の仕事はなくならない。ただし儲からなくなる。
⑦ それだけに工学的手法の習得で生産性を高めること、ユーザーとダイレクトな関係を作ること、技術特性を生かした分業体制を整えることなどが重要になってくる。

 

2010年はデフレ型の景気後退が鮮明になってきた年で、IT受託業界には先行き不透明感が強かった。スマートフォンは現在のように普及していなかったし、iPadが発売されたのは同年の5月だった。むろん「IoT」という言葉は多くの人の視野に入っていない。

システムの概念は「いまさら」だが

IoTの類語にM2M(Machine to Machine)、CPS(Cyber Phisical Systems)などがあるのは周知の通り。さかのぼれば要素技術の用語としてRFID(Radio Frequency IDentifier)やIPv6(Internet Protocol version6)、Wi-Fiなどがあり、利用形態としてスマート・コンピューティング、ユビキタス・コンピューティング、ウェアラブル・コンピュータといった呼び名があった。

1980年代からIT業界やITのトレンドを観察している人にとっては「いまさら」の概念だが、センサーの普及度が決定的に違う。2010年まで一般の消費者が持ち歩いていたのは携帯電話(いわゆるガラケー)だ。それがスマートフォンになり、自動車をはじめ、さまざまな機器にセンサーが装備されている。加えて映像認識とデータ解析の技術が高度化した。

IoTの事例でわかりやすいのは、センサーと信号処理プログラムを組み合わせた自動ドアやETC、Suicaに代表される交通系ICカードだ。より高度なシステムとしてデジタル・サイネージがある。見かけは動的なコマーシャルを映し出す大画面の液晶ディスプレーだが、その前を通過する人のスマートフォンにアクセスして、性別や年齢、住所などの情報を瞬時に収集することも不可能ではない。

すでに実用化されているのは、街中を往来する人の中から条件に合う人を探し出してファストフード店の割引クーポンをスマホに送信されたり、アプリをダウンロードして石碑や案内板にスマホをかざすとより詳しい情報が表示されたりする仕掛け。スマホ・アプリとWi-Fiビッグデータ(この場合はそこまでいかない)の組み合わせだ。

あるいは機械・器具メーカーがしのぎを削っているのが、自動運転やロボットの技術。センサーと画像解析、自動制御、人工知能などの組み合わせで、たとえば工場のさまざまな生産機器が相互に情報をやり取りして、無人工場が実現すると考えられている。強いて分類すると、これはIoTではなく、M2Mの世界。もちろん全体を監視・管理する要員は必要だが、3000人が勤務していた工場が300人で運営できるようになった実例がある。

今度だけは逃げられない

だが、IT受託業にそのチャンスはほとんどない。というのは、現在のIT受託業の多くの企業(ないし彼らに案件を外注しているユーザー系や機器メーカー系のIT子会社)が取引を持っているのは、ユーザー企業内の情報システム部門だからだ。

このことに関連して思い出すのは、1980年代に脚光を浴びたOAブーム。オフィス・オートメーションの略で、ファクシミリ(FAX)、複写機、日本語ワープロが3種の神器だった。日本語ワープロはやがてパソコンに移行したが、その導入と利活用を担ったのは事務管理部門だった。

当時、企業内の情報システム部門メインフレームをコアとする集中処理型の管理業務システムにかかりっきりになっていた。日本語ワープロやパソコンは、情報システム部門にとっては「おもちゃのようなもの」だった。

今回のIoTやM2Mは、OAとはやや事情が異なるのだが、企業内情報システム部門が関与しないという点で共通している。集客や販促にIoTをどう活かすかは、マーケティング企画部門が担うだろうし、M2Mは工場の生産管理部門や設備部門が立案するに違いない。そのシステム構築を情報システム部門に社内発注するかというと、それもありそうにない。技術基盤の質が違いすぎるためだ。

ユーザー企業内の情報システム部門は、過去から一貫して現業部門の企画立案に関与していない。手続き型の業務フローに基づく静的な管理業務システムは得意だが、状況に応じて限定的に情報を更新する動的アプリケーションをこなす人材もいないし外注先を擁してもいない。少なくとも、現業部門はそのように認識している。

するとユーザー企業内の情報システム部門やIT子会社、そこから案件を受注する機器メーカー・通信サービス系IT会社とのみ取引しているIT受託業を、IoT/M2Mの案件の大半が素通りしていくことになる。ユーザーの現業部門からみれば、IT受託会社は「たかが下請け」に過ぎない。

日銀の金融政策が生み出した一時的な円安と株高に浮かれていた経済界が、いつIT予算の引き締めに転じるか、予断を許さない。システム運用管理業務はクラウドへの移行で激減、アプリケーションの開発は保守と一体化した派生開発もしくはX-RAD(Rapid Application Development)に移行する。

10年間で就業者を1.5倍に増やしてしまったIT受託業は今度こそ逃れられない。中小を中心に、太古の恐竜のように突如滅びてしまう会社が続出することも懸念され、引いては職を失うITエンジニアが大量発生する可能性すらある。