【現代ビジネス】「マイナンバー」導入から2年、暮らしが全然便利にならないワケ

2017年12月5日にWebニュース「現代ビジネス」に寄稿した記事です。

そもそもカードに意味はあるのか

  
 

カード発行10%の「情けない理由」

2015年4月にマイナンバーカード(個人番号カード)の発行が始まって、かれこれ2年が経つ。

総務省によると、今年8月末日現在の交付枚数は1230万枚、全対象者に占める普及割合は9.6%にとどまっている。これによって「マイナンバー制度は失敗したも同然」という評価が定まりつつあるが、実態はどうだろうか。

これまでの経緯をオサライしておこう。

カードの発行が始まったのは昨年の1月。前年の10月から全対象者に郵送で個人番号が通知されたのを受けて、顔写真が付いたICチップ内蔵カードを発行する。併せて給与・報酬の受給者は発給元にマイナンバーを届け出ることになった。制度運用の本番といっていい。

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ところが、その途端にシステムに不具合が発生した。

申請者が決めた3種類の暗証番号をICカードとセンターサーバーに登録・同期させなければならないのだが、市町村の端末からシステムにつながらない、つながっても途中で切れる、データの更新ができない…といったトラブルが、3ヶ月に約80回(つまりほぼ毎日)も発生した。システムそのものが80回も停止してしまうのだから、カード発行の作業が進むわけがない。

原因は大きく2点で、そのうち大きなウェイトを占めたのはカード管理システムの中継サーバーのメモリー割り当て不足だった。

ちょっと専門的な話だが、全国1700市町村から寄せられるデータ更新の要請は、中継サーバーでいったん「保留」する。メモリー容量が足りないとオーバーフローになって、システムは異常が発生したと判断して停止してしまう。

もう1点は、カード内蔵ICチップとカード管理システムのデータ不整合。IDとパスワードが一致しないとログインできないこととよく似ている。管理サーバーはICチップを「不審者」と判断して、アクセスを拒否するのだ。

「輸出構想」も事実上、頓挫

マイナンバーシステムの運用を統括している地方公共団体情報システム機構総務省の外郭団体、略称=J-LIS)が「問題は解決した」と発表したのは、運用開始から3ヵ月後の昨年4月27日のことだった。

トラブル発生から解決までこれほど時間を要したのは、システム構築の実務を担当した国内大手ITベンダー5社(NECNTTデータNTTコミュニケーションズ、日立、富士通)が情報を共有しないまま、「自分たちの問題ではない」を前提に原因を探ろうとしたためらしい。「船頭多くして……」という、日本のシステム開発の弱点を露呈した格好だ。

これを受けて総務省は、2017年3月末までのカード交付目標として掲げていた1000万枚を、約4分の1の260万枚に下方修正した。

スタートダッシュどころか、最初からスッテンコロリンというのはいただけなかった。「日本品質」の神話に傷がついたばかりか、政府が目論んでいた、新幹線や原発と同じようにマイナンバーのシステムを制度ごと輸出するという「メイド・イン・ジャパン」構想も頓挫してしまった。

今年8月末の時点で、マイナンバーカードの交付枚数は約1230万枚。全対象者の9.6%と言い換えると、なるほど低空飛行だ。ただ、下方修正後の260万枚という目標から見れば約5倍とも言える。

「市町村別発行枚数」を公表させることで、競争意識を煽った成果と言えないこともないのだが、同情すべきは市町村の担当者だ。住民からは「何の役に立つのか」「少しも便利じゃない」と責め立てられ、同僚たちからも「手間が増える」「住民にどう説明すればいいのか」と厳しく問われる。

一方で、見方を変えれば、マイナンバー制度は十分に目的を達しているとも言える。外国籍の人も含めて、住民登録をしている広義の「国民」を、政府が管理できる下地が整ったということだ。2003年に住基カード住民基本台帳データベース・システム)の発行が始まった際には、秘密保護法も通信傍受法も共謀罪関連法もまだ成立していなかった。

このような現状を鑑みると、マイナンバー制度が住民(国民)の利便向上につながるという国民の思い込み自体、大いなる錯覚に思えてくる。

そもそもマイナンバー導入の大きな目的は、利便性追求と並んで行政事務のコスト削減(簡素化・効率化)という触れ込みだったはずだが、政府は導入後も住民(国民)の請願・申請主義を改める気配はない。印鑑や住民票を廃止する動きもない。

「国民を自在に管理できるなら、たとえ国民生活が何ら便利にならずとも、開発費3200億円、年間運営費350億円は安いもの」ということなのだろうか。

結局、住基カードと同じでは?

マイナンバー制度が国民から見て「失敗」と映る理由は、マイナンバーカードの交付枚数が少ないことだけではなく、マイナンバーの利便性を実感できないことが大きいだろう。

だが、住民票や戸籍の交付、公共の図書館や体育館の利用、子育て支援や医療・健康管理、クレジット、銀行ATM、電子マネー、ポイント等々、多目的利用を推進すれば、用途を増やすごとに100億円とも言われる改造費がかかる。

しかも、そうした機能の多くは、住基カードでも実現可能だった。しかし、住基カードの交付枚数は再発行を合わせて1500万枚にも届かなかった。

カードの普及を進めるだけなら、自動車運転免許証や健康保険証、交通系ICカード、キャッシュカード、クレジットカード、ポイントカードなどにマイナンバーの機能を付ければいい。

もうひとつの方法は、「住民(国民)主権」の考え方を「国家主権」に転換するーー柔らかい言い方に直すと、政府のトップダウンでカードの保持を義務付けるしかないだろう。

実際、韓国で住民登録番号の利用が普及した端緒は、北朝鮮スパイの摘発だった。

義務となれば、マイナンバーカードは否応なく普及する。しかし国家主権を許せば、国による国民監視を容認することになってしまう。

結局のところ、マイナンバー制度そのもののゴールはカードの普及でも、利便性の向上でもないということだ。

総務省は「多目的利用を推進することで、国民の暮らしは便利になります」というが、ITの目線でいえば、出口・入口が増えるたびに、情報漏洩のリスクは高まるに決まっている。

「国民本位のマイナンバー制度」を本気で実現するつもりならば、まずは行政手続きの簡素化と市町村職員の負荷軽減をゴールに据え、本当に必要な策を打たねばならないのではないか。