ソフトウェア ・エンジニアリング研究の最前線 スウェーデンで開催された国際週間に見る(9)

Industry Track

 ESEM 2012ではこの他に特別にIndustry Trackが用意され、おもに企業からの事例を中心とした発表が8件あった。
 この中でマイクロソフト・リサーチから、多くの知る製品群を例にした、構成管理における「ブランチ」の管理、ゲームプログラムのユーザ特性の解析、に関する発表があり、参加者の関心を引いていたのが印象的である。
 またポスターセッションでは4件の発表があり、この中で筆者は下記のタイトルと著者名で、今春IPA/SECから提供を開始した「定量的プロジェクト管理ツールEPM-X」を紹介し、この機能を搭載したクラウド環境による国際的な共同研究を呼びかけた。考え方や仕組みはすぐに理解が得られたが、やはり実環境に適用するための産業界の協力を得るところは、もう少し研究の枠組みを明確にしないと難しい感触だった。
A Proposal of the Empirical Software Engineering Collaborative Research Activity with a newly distributed Software Project Visualization Platform from SEC/IPA, Japan.:Yoshiki Mitani, Yutaka Ohwada(IPA), Go Maeda(ファーエンドテクノロジー), Kenichi Matsumoto(奈良先端大)

 

日本のプレゼンス

 これらの会議には日本からの参加もあり存在感はあったが、その中で特筆すべきこととして次の2つを挙げることが出来る。
 1つは、ESEM2012で米国の研究者から論文タイトル中に日本人の名前のあるフルペーパの発表があったことである。
 Application of Kusumoto Cost-Metric to Evaluate the Cost Effectiveness of Software Inspections.:Narendar R. Mandala, Gursimran S.Walia(ノースダコタ州立大), Jeffrey C. Carver(アラバマ大), Nachiappan Nagappan(Microsoft Research)
 “Kusumoto Cost-Metric”とは大阪大学の楠本真二教授が20年前に提案したコストメトリクスのことである。そのメトリクスが大変優れており、発表後20年が経った現在でも十分に役に立つことから、大変珍しいことではあるが、楠本教授に敬意を示す意味で、その名前がタイトルに掲げられている。なお,楠本教授によるオリジナル論文は、Kusumoto, T, Matsumoto, K., Kikuno, T., Torii, K., :A New Metrics for Cost Effectiveness of Software Reviews, IEICE Transactions on Information and Systems E75-D (5) (1992) 674-680.であり、この論文は,その年の電子情報通信学会論文賞を受賞している。
 もう1つは、こうした国際会議では発表された優秀な論文にAwardが贈られるのが一般的だが、ESEM2012で、日本の研究者の論文にBest Short Paper Awardが贈られたことである。それは、Masateru Tsunoda(東洋大学), Sousuke Amasaki(岡山県立大学)and Akito Monden(奈良先端大)著、Handling Categorical Variables in Effort Estimationである。この論文は、ソフトウェア開発工数予測においてカテゴリ変数を扱う4つの方法(層別法、ダミー変数化、interaction法、hierarchical linear model)の優劣を、4つのデータセットを用いて実験的に比較している。
 審査対象となった60件の投稿論文の中には、組織力を背景に実験規模の大きさや分析対象データの多さを誇示するもの、有用性はともかくとしてアイディアの目新しさばかりを強調するもの、などもあり、各国の研究者が様々な形で自身の研究を強烈にアピールしている。そうした論文を抑えての受賞の意義は大きく、全くの国際社会における日本のこうしたプレゼンスは素直に喜ばしい。
 以上、スウェーデンで開催されたソフトウェア・エンジニアリングに関する国際週間行事の中から2つの国際会議に焦点を合わせて、その最前線の姿、活発な活動の一端をレポートした。それぞれの討議、学術論文の細部には立ち入れなかったが、世界中で展開されているこの領域の研究活動、それも実証的Empiricalという考え方のもとに学界と産業界の連携で進められている活動のパワーを感じていただけたらと思う。日本においてもソフトウェア・エンジニアリングは多くの課題を抱えており、この領域での活動が一層活発にすすめられ、各国と切磋琢磨していくことが期待される。
謝辞:本稿執筆にあたってご指導いただいた奈良先端大・松本健一教授、大阪大学・楠本真二教授、写真掲載の快諾とご指導をいただいた、東洋大学・角田雅照助教岡山県立大学・天嵜聡介助教に謝意を表します。


筆者略歴
みたによしき: 1973年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、電電公社、NTT、NTTソフトウェア(株)を経て、2003-2011年奈良先端大研究員/非常勤講師、2004−2010年IPA/SEC研究員。2010年から現職。奈良先端大博士研究員、IPA/SEC専門委員を兼務。博士(工学)。

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