上海雑踏事故から見る中国



 Wikipediaで「上海雑踏」のキーワードで検索したところ、中国語、英語、日本語はもちろん、フランス語、スペイン語ポーランド語、ロシア語、韓国語の説明がある。Wikipediaを通じて、世界中へと広がってゆき、中国の顔はますます広くなったと思われる。
 今日まで中国国内のニュースを見る限り、メディアの論調では、事故原因はすべて多く集まる人々のせいにしていることに力を入れている。と同時に、警察がどれほど努力をしていたか、及び上海の“偉いさん”が直ちに病院へと駆けつけたことを強調している。

 上海から150kmほど南の紹興という町で生まれ育った筆者と周りの友達は人ごみが苦手で、もちろん新年のカウントダウンのようなイベントの足を運ぼうとは思わない。しかし、せっかく上海という大都会で仕事をするようになった大勢の出稼ぎ者が、そのようなイベントを自分の目で確かめたくなる気持ちは理解できる。
 人々が集まるのは自由だから、独裁者のやり方で強制的に排除することは出来ない。というより、予想外とはいえ、あんなに大勢が集まってしまったからには、どのようにうまく安全に誘導するか、それこそ治安管理者の課題だと思われる。
 当局の“偉いさん”が頭を下げて謝罪し、辞任することは中国では、正に「天方夜譚」(中国語で「アラビアンナイト」のこと。転じて「あり得ない話」という意味)という言葉以外、相応しいものがない。我々百姓(一般民衆)は、ただ政府に事故から学び、今後より良い対策を整えてほしいだけである。
 だが、百姓たちの訴えを当局側に伝え、当局側のやり方を監督する役割を果たすメディアは、当局の代弁者に過ぎないことが改めてはっきりした。

 というのは、死傷者の中に警官がいなかったことは、明らかに警察が人群れの外側にいたことが分かる。事故当日の写真を見る限り、集まってきた人数はかなりの数字に達したので、警察がどんなに「みんなを見守っていた」と言わっても、警察がどのような役割を果たしたのか、疑問を待たざるをえない。
 つぎに、「事故当時、事故中心部に警察が手をしっかり繋いで人壁を作ったが、野次馬に何回も突破された」という報道はいったいなん何だろう。中国では、「足指で考えても不可能」という俗語がある。警察が人壁を作ったのは事故後に違いない。もし当局の説明通りなら、死傷者に警官がいたはずだ。
 メディアがそんなことばかり報道するから、政府はのうのうと反省しないのだ。28年前になるが、バンドの真正面、上海テレビ塔側のフェリー埠頭で同じような事故が起き、66人もの死者だけでもがでていた。教訓が生かされるには、メディア人は責任感を意識しながら本来の役割を果たさなければならない。


写真はhttp://news.qq.com

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